介護の現場で、ちょっと目を離したスキに利用者さんが転倒し、ヒヤリとした経験はありませんか?
幸い大事には至らなかったとしても、「骨折や障害が残るような大事故になっていたらと思うとゾッとした」という方も多いと思います。高齢者にとって、転倒は寝たきり状態にもなりかねないリスクの高い事故です。
この記事では、高齢者の転倒事故の原因、転倒予防対策として、普段からどのような点に気をつけるべきかについて詳しく解説します。まずは高齢者の転倒事故の状況から見ていきましょう。
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目次
高齢者の転倒事故の状況
東京消防庁の発表によれば、日常生活における高齢者の事故のうち約8割が転倒によるもので、平成30年には約5.8万人の高齢者が転倒事故により救急搬送されました。発生場所は約6割が自宅など居住場所ですが、介護の現場でも転倒事故は発生しています。
介護労働安定センターによれば、介護施設内でもっとも多かった事故が65.6%もの割合を占める「転倒・転落・滑落」です。
高齢者の場合、若い方に比べ転んだ際に重症化するリスクが高く、転倒や骨折から介護生活が必要となった割合は12.5%にもなります。(厚生労働省「国民生活基礎調査」平成28年)
転倒・転落後に搬送された病院のレントゲン検査で上腕骨骨折も報告されていますが、ほとんどが大腿骨頸部骨折や大腿骨転子部骨折です。太ももの付け根となる大腿骨を骨折すると歩行が困難となり、結果、寝たきりとなってしまう可能性も高くなります。
介護施設で転倒事故が発生しやすい状況
次に、介護施設ではどのような業務中に転倒事故が発生しやすいのか、その状況を介護労働安定センターの調査研究報告書から見てみましょう。
181件の骨折事例中、見守り中が全体の46.7%で半数近くを占めています。次いで他の利用者さんの介助中が7.2%、室内の移動中が5.0%、ちょっと目を離した隙の事故が3.9%となっています。いずれも介護スタッフの観察が手薄の状況に転倒事故が発生し、直接介助している最中に事故が起きるケースはごく稀でした。
これらの事例を事業形態別に分類・比較してみると、入所サービスでは利用者さんの居室内や施設内での移動時の発生が多く、通所サービスではリハビリ中や見守り中、介護者が目を離した隙に発生する割合が高くなっています。
また、訪問サービスでは付添介助中の事故報告が多く、車椅子の使用中や移乗中の発生割合が高くなっています。
転倒の原因
転倒の原因は大きく分けて「内的要因」と「外的要因」の2つになります。内的要因は身体的、外的要因は生活環境からくる原因です。具体的には、どのようなことが原因となるのでしょうか。
転倒の原因<内的要因>
内的要因には、加齢による体の変化や精神・心理面、薬などの影響があります。
- 加齢による変化・・・筋力の低下、視野や視力の低下、バランスが悪くなる、感覚が鈍くなる
- 精神・心理面・・・焦りや不安、緊張や興奮
- 薬の影響・・・複数の薬の服用している、内臓機能が低下しているため副作用が出やすい
ほとんどの薬には副作用があります。睡眠薬や高血圧薬などはふらつきや立ちくらみなどが起きることから転倒しやすくなります。高齢者の場合、このような体調の変化があっても、それを家族や周りの方に言わない、自分自身で体調の変化に気付いていないといったことが多いため注意が必要です。
転倒の原因<外的要因>
外的要因としては、以下に挙げたようなたくさんの環境要因が生活環境の中に潜んでいます。
- 敷居などわずか1~2センチの段差
- 脱げやすいスリッパやサンダル
- デコボコがあり転倒しやすい床や滑りやすい床
- 手すりがついていない玄関や階段、浴室
- 夜間などに足元が暗い、見えにくい
- カーペットの端やほころび、延長コードなどの障害物
- ベッドや椅子の高さが合っていない
これらが要因となり転倒事故につながりますが、とくに慣れない環境の場合、そのリスクはさらに高くなりますので注意が必要です。
高齢者の転倒を防ぐには
では、転倒の原因を理解したところで、次に転倒を防ぐ方法について詳しくご説明します。介護施設では、転倒しにくい環境作りや心と体作りのサポートとともに、事故を防ぐ仕組み作りが重要です。
利用者さんの転びにくい心と体作りをサポート
転びにくい心と体作りには、以下のような3つのサポートが必要です。
急かさない・不安にさせない
高齢になると若いころに比べ、どうしても動きがゆっくりになります。急かしたり、不安にさせたりすると心理的負担がかかり、より転倒しやすくなります。できるだけ利用者さんのペースに合わせるようにしましょう。
薬の服用について記録しておく
「意識が混濁するような合わない薬を服用していないか」「意識が弱まる薬は服用後、何分後からどのくらいの間効いているのか」など、記憶は曖昧なので必ず記録に残しましょう。とくに複数の薬を服用されている利用者さんには注意が必要です。
さらに、同じ薬でも、効き具合は個人によって様々で、レビー小体病のように薬剤が効きすぎる症状が出てしまう疾患もあります。またその日の体質や飲み合わせによっても効き方が変わってくる場合もあります。
筋力アップになるトレーニングをする
立った状態でゆっくりと両膝を曲げ伸ばしする、太ももを片方ずつゆっくりと上げ下げする、かかとをゆっくりと上下するなどの運動で転びにくい体作りをします。ただし、利用者さんの状態により無理のない範囲で行いましょう。
転倒しにくい環境を整える
転倒防止のための2つ目の対策が、転倒しにくい環境を整えることです。シーン別に具体的な対策例を見てみましょう。
【施設内の対策】
浴室やトイレ、階段などバランスを崩しやすい場所では手すりを付けるようにします。浴室の床材は滑りにくく、衝撃吸収性の優れたものにリフォームしたり、滑り止め加工のマットを敷いたりしましょう。
【利用者さんご自宅の対策】
廊下や階段、玄関や浴室などの段差も蛍光テープを張ったりスロープ化したり、滑りやすい場所には手すりを取り付け、安定した歩行ができるようにしましょう。日用品や福祉用具で介護保険を使えるものがあります。費用も安く抑えられ、ご家族からも喜ばれます。
また、高齢者のご自宅では、ものが片付かなくなる場合も少なくありません。移動導線につまずきやすい或いは滑りやすいようなものがないか確認し、整理することも大切です。
【移動・移乗時の対策】
足元が見えづらい箇所には照明を設置し明るくします。引っ掛かりやすいマットやカーペットは外してしまうか、部屋の隅まで敷けるようなものと交換しましょう。また、利用者さんの居室には衝撃吸収のマットを敷くなどすると、転倒・転落からの大ケガ予防にも有効です。
【外出時の対策】
外出時は道路の境目や店舗の入口に段差はないか、マンホールの上や店舗のフロアーに水濡れがないかを事前に確認しておきます。靴は重いとつまずきやすく底が厚いと足裏の感覚が鈍くなって転びやすくなります。足にぴったり合った、転びにくい靴を選んでもらうようご家族にも説明しましょう。
仕組みで事故を防ぐ
介護の現場で、「事故防止に取り組んでいるけど改善されない」という声をよく聞きますが、事故には防げるものと防げないものがあります。大切なのは「防ぐべき事故」を確実に減らすことです。
すでにヒヤリハット報告書の記入・提出を行っているのに事故が減らないとすれば、事故防止の基本的な活動を怠っている可能性があります。まずは「防ぐべき事故」と「防げない事故」を明確に区分しましょう。
たとえば、認知症の利用者さんの徘徊中に起きた転倒事故は、ベテランの介護職員でも防ぐことはできません。そこに無駄な労力を割くのではなく、防ぐべき事故をゼロにできるよう対策を立てていくことが重要です。
福祉用具や介護機器の安全点検
移乗介助の際、車椅子が動いて利用者さんが転倒する事故を防止するには、車椅子のブレーキが緩んでいないかの安全点検が必要です。「車椅子の一斉点検」のルール化は多くの施設で実施しています。点検方法と併せてマニュアル化を実施しましょう。
建物や設備の安全点検
建物や設備も時間とともに劣化しますので、定期的な安全点検が必要です。危険個所を発見できるよう、点検表を作り職員全員に配布しましょう。仕事中に危険個所を発見したら点検表に記入してもらい、それを基に改善管理表を作成します。改善する箇所の優先順位と担当者を決めたら、一定期間かけて順次改善していくことで防ぐべき事故が減らせるでしょう。
介助方法・介助動作の見直し
介助側の動作に利用者さんを合わせた従来の介助方法には無理があり、事故の危険性が高くなります。利用者さんが日常的に行っている動作に合わせて介助するようにしましょう。利用者さんは自然な動作ができるため事故の確率も減り、介護スタッフの負担も軽減します。
まとめ
極論になりますが、転ばないためには「動かない」のが一番です。しかし、動かないことで身体機能やQOL(生活の質)が低下し、決してプラスにはなりません。自由に動きたいという気持ちを抑え込んでしまうのは、ご本人の意欲や喜びを奪うことであり、最近では「虐待」と解釈されてしまうこともあります。
転倒事故を防ぐ対策として重要なのは、「転んでも骨折しない」身体作りの取り組みと事故を起こさない仕組みづくりです。また、初入所やレスパイト入所の場合、生活環境の変化により転倒・転落事故が発生しやすくなることを職員全員が知っておく必要があります。
いずれにせよ、高齢になると骨も弱くなり骨折しやすくなります。転倒から入院・手術とならないためにも、介護スタッフだけでなく施設や組織全体で取り組んでいきましょう。