2015年12月6日に株式会社カカクコムオフィスで行われたセミナーイベント、「全員参加型の地域づくりって、どうやるの?」では、株式会社あおいけあの加藤忠相氏にお越しいただき話題の湘南モデルについて講演いただきました。前編では、実際にあおいけあではどのような取組が行われているかといった具体的な内容をご紹介しました。後編では、それを実現するための方策とその背景にある加藤氏の考え、想いにフォーカスをあてご紹介します。
マネジメントの前に立ち返るべきところ
前編の最後で、あおいけあの取組を実現させるために「共通的なマネジメント機能が必要」と語った加藤氏。ではそのマネジメント機能とはどのようなコンセプトに基づいてどのように運用されているものなのでしょうか。
「介護保険の目的とは何だと思いますか?」加藤氏は参加者に呼びかけます。
すぐに思い浮かぶのは食事や入浴、排泄の介助・・・或いは見守りや健康管理、感染症や転倒予防かもしれません。
加藤氏は続けます。
「介護保険法の第二条第二項で、保険給付の目的は何だと謳われているかご存知ですか?
要介護状態等の『軽減または悪化の防止』、つまり自立支援なんですよ」と。
前項の保険給付は、要介護状態等の軽減又は悪化の防止に資するよう行われるとともに、医療との連携に十分配慮して行われなければならない。
(介護保険)第二条 第二項
加藤氏の投げかけは熱を帯び、舌鋒はますます鋭くなっていきます。
「措置(老人福祉法)時代は、療養上のお世話が目的でした。
それが2000年、介護保険法が出来て目的は自立支援になった。
更に2003年には尊厳を支えることが掲げられ、2010年から地域包括ケアへと流れが移ってきている。
にも拘らず、未だに療養上のお世話に留まっている事業者が非常に多い!」
“ケアする人”とはどのような人なのか
加藤氏の話は、ケアというものの本質に進んでいきます。
「ケアにおいて最高の状態は、回復を目指すというもの。ただしそれが難しいこともある。
その場合でも、保険法の目的から考えても現在の機能を保つように努めることが重要。
それも難しいという場合、最後まで寄り添うことがケアする人にできることです。
皆さんは、自分で出来ることや出来るようになることをさせずに療養上のお世話をして、どんどん状態が悪化していく、そういった害を与えることがしたいのでか?」
できない部分をただ埋めてあげるのがケアではない。
自立支援を促していくのがケアする人の役割だ。
間違っても自分がされたくないことをやっていてはいけない。
加藤氏は自身の考えを実に分かり易い表現でまとめます。
「「~さんに」というものは業務。フロアで出来ること。
「~さんと」というものは自立支援。施設単位で進めます。
「~さんが」というものは社会参加。これこそが真の自立です。」
そのためには地域に出て行かなければならない、そしてそれは、地域包括ケアという流れとも一致していると。
スタートとトップゴール、そして自分の限界を知ること
加藤氏の話は、決して理論や理想を語るものではありません。あおいけあで実際に起きている現実の話です。また、こうした取組みの中で具体的な成果も出てきています。
17人の利用者のうち、1年間で要介護度が改善した人は5人。
最も改善されたケースでは、3段階も要介護度が下がっています。
他の12名の中にも、当然要介護度が上がった人はいません。
「スタートとトップゴールの設定が重要」と加藤氏は続けます。
スタートとは、自分の中で譲れないこと。価値基準。トップゴールとは、それによって実現したいこと。
加藤氏にとってのスタートは、「介護とは何をする仕事かという本質の追求」と「人にされたら嫌なことは人にしない」というもの。
そしてトップゴールは「よりよい人間関係の構築」、そして「QOLとQOD」だと語ります。
ではそのスタートから、どうすれば上手くゴールに向かっていけるのでしょうか。
あおいけあに来る方たちは、全員が異なるキャラクターや事情を抱えています。
そこに対応していくためには、必然的に多くの人たちの力を借りなければなりません。
加藤氏は、スタートとトップゴールをしっかりと共有した上で、仲間の自主的な取り組みを尊重します。
「自分の持つソリューションのパターンだけでは全てに対応なんてできない。大切なのは、自分の限界をきちんと認識して個々人の解決力を借りること」というのが加藤氏の持論です。
あおいけあを形作るもの
価値観を浸透させ、効果的に機能させるためにはいくつかの重要な要素があります。
その最たるものは採用です。加藤氏は、スタートを同じく認識できる人を採用するよう心がけているとのこと。また求める人材は、専門性を最大限発揮しつつも「専門家の鎧を脱いで仕事ができる人」とのことです。
次に必要となるのが、個々人の自律的な働きがトップゴールに向かうベクトルからずれたときの対応。つまり教育です。「もし目指す方向から外れた行動があれば、それは都度学びの中で改善していく。」
あおいけあでは、定期的に勉強会を実施しています。この勉強会は、外部の方でも誰でも参加することができます。毎回講師に、著名な実践家も呼んでいます。専門職としての見識を高めるためです。ただし、あおいけあの勉強会はそれだけに留まりません。
この勉強会では毎回必ず「従業員が発表を行う」場面が求められます。
聴衆として参加するだけでなく、自分の業務を自分で振り返り学びを得るため
そして自ら主体的な参加者として地域と関わっていくためです。
「専門職も市民も交えた学べる地域を作る、子供たちに借金を残さないという意識を持つ。
そうした中で、高いQOL,QODをもって過ごしてもらうことが大切」だと語ります。
敷地を地域に開放する、価値観を共有できる仲間を集める、参加型の勉強会等を通じて教育を行う。これらの活動は、あおいけあの内側で準備できる取組です。
とはいえ実際に地域や住民を巻き込んでいく上では、あおいけあの外への働き掛けも不可欠です。
加藤氏は個人としても湘南地域で「絆の会」という、地域を愛する雑多な実践者の会を持っています。20~40代を中心としたこのコミュニティは、「和して同ぜず」の信念で個々に積極的な活動を行う面々が必要に応じて相互に助けあうという、非常に自然体で強いつながりとなって活きています。
社内施策とは別に、この会の存在があおいけあの取組を強力推進するもう一つのエンジンといえます。
あおいけあが形作るもの
今まで述べてきた活動は、サービスを利用されている方々にとって非常に有益なものなのは違いありませんが、それだけでなく地域にとっても大きなメリットや可能性を生み出しています。
利用されている方の介護度が維持または改善されていることで、あおいけあの実績は行財政にも大きく貢献しています。
加藤氏は語ります。
「昨今、特別養護老人ホームの増設が話題になっています。特別養護老人ホームは1棟あたり建設費が大体33億円かかり高額です。またそこで受け入れられる利用者は1棟当たり110名程度、雇用も1棟当たり50名程度に留まります。
一方、小規模多機能型居宅介護は1件あたり3千万で開設できます。これを10箇所開設しても3億円。その金額で250名の利用者と、150名の雇用を生むことができるのです。
10分の1のコストで、特別養護老人ホームを上回るキャパシティと雇用を創出できるわけです。」
「加えて特別養護老人ホームは市区町村外からの入居が可能です。保険財政自体は自治体単位で運用されている中で、要介護高齢者が流入することは財政負担となります。さらに、特別養護老人ホームの監督権は都道府県にあります。地方自治体では指導や連携を進めるための権限がなく難しさがあるというのも特徴です。
小規模多機能型居宅介護は「地域密着型サービス」というものに位置付けられ、同市区町村の方しか利用できません。当然自治体の監督下にあり連携もスムーズなんです。」
加藤氏は講演の中で、あおいけあの今後の更なる取組も紹介されました。
「敷地内に新たにサテライト診療所を建設します。この診療所にはリハビリの専門職を置き、地域の回復期病院と連携していく計画が進んでいます。
また、認知症ケアパスにも加わり地域作りのエンジンとなっていきたいと考えています。」
「それ以外にも、子育て世代の両立支援のための「ペアレンティングホーム」、
高齢者や障害者の就労の場ともなる「コミュニティレストラン」、
土間やウッドデッキといった「地域の活動スペース」など。
様々な人たちの居場所やサポート、あるいは役割を作っていく活動が進捗中です。」
地域の何気ない日常に、あおいけあはますます求められる場所となっていきます。
[box05 title=”編集部より”]本イベントの運営団体Heisei Kaigo Leadersの秋本氏から、会の冒頭に「おもてなしの本質とはなにか?」という問いが投げかけられました。禅の概念として語られているもので、答えは「主客一体」です。
ともすると「する側とされる側」に別れがちな介護の現場において、あおいけあの取組はまさに主客一体といえます。
あおいけあの取組は、一見輝かしい別世界のもののようにも見えます。ただ、その中身を紐解けば個々の活動はどこでもすぐ行動に移すことのできる内容です。
大切なのは共通の理念と目標、それに基づく自発的な活動を推奨し許容する風土です。また、ずれが生じた場合の軌道修正と見識の向上を図るための徹底した参加型の教育も欠かせません。それを事業所にとどまらず、地域単位で計画・実行しているのがあおいけあといえるのでしょう。
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