口腔ケアというと、単に口の中を清潔にするために行うケアのように思われることがあります。しかし、実は心身の健康を保つためにも重要な意味を持つものです。高齢になると身体の機能が衰えてしまうため、自力で口腔環境を良好な状態に保つのは難しくなります。できるかぎり良好な状態を維持するためにも、適切なケアが必要になってきます。ここでは、口腔ケアについて詳しく説明します。
目次
高齢者の口腔の現状
年を重ねると身体の機能が低下し、口腔内においても唾液の分泌量が減る、舌を動かしづらくなるなどの変化が現れます。噛む力が弱ってしっかり咀嚼しなくなったり、服用している薬の影響を受けたりするといったことでも、唾液の分泌量はさらに減少してしまいます。唾液は単に口の中を潤すだけのものではありません。歯の表面や舌、粘膜に付着した細菌や汚れを洗い流す重要な役割を持ちます。そのため、唾液量が減ると自浄作用がうまく機能せず、洗い流されなかった細菌や汚れが増殖しやすくなります。このような背景から、高齢者の口腔内は虫歯や歯周病になりやすく、口臭も発生しやすい状態です。
汚れが付着するのは歯だけではありません。舌にも舌苔と呼ばれる白い苔のようなものが付着するようになります。これは細菌の塊なので、放置せずきちんと取り除かなければなりません。舌苔がついたままでは口臭のもととなるほか、舌の表面にあり味を感じる機能を持つ味蕾という器官が働きづらくなり、味がよくわからない、味覚が変わるといった変化が出ることがあります。また、高齢になるほど虫歯や歯周病になった経験があり、治療跡が残っていたり入れ歯をしていたりする割合が高いです。そのため、治療した際の詰め物の下で虫歯が進行していたり、入れ歯と粘膜の間に細菌が侵入して炎症を起こしたりすることもしばしばあります。
口腔ケアの目的
口腔ケアには大きく分けて4つの目的があります。
- 口腔内を清潔に保ち、虫歯や歯周病を予防する
- 味覚を改善する
- 誤嚥性肺炎やその他感染症を予防する
- 口腔機能の維持・回復によりQOLを高める
口腔ケアの目的は口の中を清潔に保ち、虫歯や歯周病、口臭を予防することだけではありません。たとえば、口腔機能が低下すると、噛んで味わったり嚥下したりしづらくなります。そこで、舌や唇、頬などの口回りを鍛えるマッサージをしたりリハビリを行ったりして、健康で良好な状態を維持・促進することが、味覚の改善や誤嚥性肺炎の予防につながります。
また、口腔ケアによって口の中を健康に保つことで、食事をしっかり楽しめたり、口臭の心配が減り積極的にコミュニケーションが図れるようになったり、生活の質を高めることにもつながります。
口腔ケアのポイント
身体が不自由であったり寝たきりだったりして自力での口腔ケアが難しい利用者さんに対しては、介助が必要です。高齢者の口腔ケアを実施するときにはいくつか注意すべきポイントがあるため、知っておきましょう。
まず「できることはなるべく本人にしてもらう」ことが大切です。
身体は動かさないと衰えるので、なんでもかんでも代わりにしてはいけません。介助するのは最小限にとどめ、できることは本人にしてもらうようにする必要があります。歯ブラシを持ち、歯を磨く行動は手足を動かす良い訓練となるでしょう。持つ部分が太く滑りづらい素材でできているなど、使いやすい歯ブラシを用意しておくと磨きやすくなります。
ケアの際は「安全な姿勢になるように注意する」ことも大切です。磨いているときは唾液がよく出ます。あごが上がった姿勢でいると気管支のほうに唾液が流れて誤嚥性肺炎を招くおそれがあるので、あごを引いてもらうなど安全な姿勢になるよう努めましょう。また、口の中を他人に触られるのは居心地の悪いものです。そこで、長々とケアを続けず「できるだけ短時間で終わらせる」ことも重要なポイントとなります。
口腔ケアは、時間が空いたときにするといったものではありません。起床して顔を洗ったら口腔ケアをするなど、ケアする時間を決めて実施して「生活リズムをつくる」ことも大切です。
口腔ケアの方法
ここまで、口腔ケアをするにあたって基本となる知識について説明しました。それでは、実際にはどのような口腔ケアがあるのでしょうか。ここでは、口腔ケアの方法について説明します。
歯の磨き方
歯ブラシはヘッドがコンパクトで毛が柔らかいタイプが望ましいです。これは、ヘッドが大きいと細部が磨きにくく、毛が硬いものは歯肉を傷めるおそれがあるからです。歯磨き剤は少量で十分に機能するので、つけすぎに注意しましょう。磨くときは、鉛筆を持つように歯ブラシを持ちます。これはペングリップといい、余分な力が入りづらく小回りが利くため、歯肉を傷めづらく歯の汚れを落としやすいです。なお、利用者さんが入れ歯をしているときは外して残りの歯を磨きます。
歯ブラシは歯に対して90度になるようにあて、歯茎にあたっても痛くない程度の力で1本ずつ丁寧にブラッシングします。磨くときは歯ブラシを小刻みに動かすのがポイントです。奥歯の溝や歯と歯の間は汚れを落としづらいので意識して磨き、細部まで磨き残しのないようブラッシングしましょう。
うがい
うがいには次の2つのタイプがあります。
- 口を開き、上を向いてのどを動かしガラガラと音をたててするタイプ
- 唇を閉じて口のなかで液体をぶくぶくと動かすタイプ
このうち、利用者さんの口腔ケアで中心となるのはぶくぶくタイプです。うがいのときは、水を含んでもらい、頬の左右どちらかを膨らませてぶくぶくしてもらいましょう。反対側の頬も同じようにしてもらいます。このとき、歯と歯の間をきれいにするイメージでうがいしてもらうことが大切です。頬がすんだら、上唇と歯の間も同じようにぶくぶくしてもらいましょう。最後は口全体を膨らませ、ぶくぶくうがいをします。
口腔清拭
上半身を起こせない、水を口に含むことが困難、手をうまく使えないなどの利用者さんに対しては、口腔清拭を行います。清拭を行うときは、口腔ケア用のスポンジブラシやカテキン粉末を入れた水、ナプキンなどを用意しましょう。スポンジブラシはスポンジに柄がついたもので、粘膜部分を傷つける心配なくケアできます。清拭の際は、清潔なガーゼをブラシや指に巻きつけ、口の中に入れて汚れをそっと拭きとりましょう。拭きとる順番は、上の歯と頬の間→上あご→下の歯と頬の間です。力を入れすぎたり、あまり奥まで入れたりすると痛かったり吐きそうになったりするので注意して行います。
入れ歯
入れ歯そのものは人工物なので虫歯になることはありません。しかし、汚れを放置すると口臭のもとになるので、できれば毎食後に洗浄することが理想的です。少なくても1日1回、寝る前には必ず磨くようにしましょう。自分で入れ歯の着脱が可能な人は自力で外してもらいます。自力で着脱できない人の場合は、口の中を傷つけないよう注意して外しましょう。総入れ歯の場合、通常は下から外します。これは、一般に上の入れ歯のほうが大きいため、下を先に外してスペースをつくったほうが上の入れ歯が外しやすくなるためです。
下の入れ歯を外すときは、前歯をつまんで持ち、奥歯を上げるようにして浮かします。こうすると、入れ歯と粘膜の間に空気が入り外しやすくなります。その後、上の入れ歯の前歯をつまんで後ろを浮かせて外し、取り出しましょう。外せたら、入れ歯専用の歯ブラシと歯磨き粉を使って丁寧に洗浄します。まずは流水で洗ってぬめりをとり、細部まで歯ブラシで磨きましょう。保管容器に水を入れて入れ歯洗浄剤を投入し、そこに入れ歯を浸します。洗浄できたら取り出して、再び流水でぬめりや洗浄剤が取れるまでよく洗い流しましょう。就寝時は、入れ歯が乾燥しないように水に浸して保管しておきます。
口腔ケアの効果
口腔ケアにはどのような効果があるのでしょうか。ここでは、口腔ケアをすることによる具体的な効果について説明します。
唾液の分泌を促進する
高齢になるにつれて唾液の分泌量が減少し、乾燥しがちになります。細菌や残留物で不衛生な状態となるとさらに唾液の分泌量が減少します。適切な口腔ケアを行うと、唾液腺に刺激を与えて分泌を促すことができ、自浄作用の向上につながります。唾液は虫歯や歯周病の予防にも役立つため、分泌量を増やすことは口腔衛生を考えるうえで重要なポイントと言えるでしょう。
感染症や発熱を予防する
どんなに清潔にしていても、人の体には常在菌が存在します。口の中にも、食中毒や感染症を引き起こす黄色ブドウ球菌や呼吸器感染症を招く肺炎桿菌などが存在していることがあります。健康な状態であれば、常在菌は害をなしません。しかし、高齢で免疫が低下し、さらに口腔内に菌が繁殖してしまうと、感染症や肺炎などの全身疾患に発展してしまうおそれがあります。口腔ケアによって口腔内を清潔に保つことで、それら疾患の発症予防につながります。
認知症を予防する
食事のときは、口を開けたり閉じたりするものです。この動きは、脳に酸素を送り込んだり刺激を伝えたりする作用があるため、脳を活性化し認知症の予防につながるとされています。厚労省研究班が行った調査では「歯が20本以上ある人」と比べ「歯がなくて入れ歯も使っていない人」は認知症の発生リスクが最大で1.9倍になるとの結果が出ています。
誤嚥性肺炎を予防する
食べ物や唾液が器官に入り、その中に含まれていた細菌が原因で肺炎になることがあります。これを誤嚥性肺炎といい、咀嚼機能が低下する高齢者に起こりやすい肺炎です。細菌が原因のため、適切な口腔ケアによって口の中を清潔に保ち、細菌の数を抑制しておけばリスクを下げることができます。高齢者が誤嚥性肺炎になると命に関わるため予防が大切です。
口腔機能の低下を防ぐ
高齢になると「噛む」「飲み込む」「話す」「表情をつくる」という4つの機能が衰えていきます。それに伴い、食欲が落ちたりあまり話さないようになったりすることもあるでしょう。口の機能が回復してよく噛んで飲み込めるようになれば、しっかり食事をして栄養を充分に摂取できるようになり、低栄養状態や脱水状態を防ぐことができます。表情が豊かになればコミュニケーションも活発化するでしょう。このように、口腔ケアによって口の機能が回復・向上できれば、身体や心の健康維持・回復が期待できるのです。
口腔ケアを適切にやることで心身の健康につなげよう
口腔ケアは、歯や歯茎など口の中を清潔に保つためだけに行うものではなく、疾患の予防や脳の活性化など身体にとっても大切であることが理解できたでしょうか。老年看護や介護において、口腔ケアは外せない重要なポイントです。適切なケアの方法をしっかりと身につけて口腔内を清潔な環境に保ち、ひいては心身を健やかな状態に維持できるように努めましょう。