高齢社会が進む日本では、認知症患者の増加が深刻な社会問題となっています。そのなかで、高い注目を集めているのがバリデーション療法です。
バリデーション療法とは認知症に効果的だとして世界中で評価されているコミュニケーション方法のことで、簡単にいうと、傾聴や共感の態度によって本質的な会話に繋げていくというものです。
本記事ではこの療法の基本的な考え方から具体的な実践方法までを詳しく紹介していきます。
目次
バリデーションとは
かつてアメリカの高齢者施設では、認知症を患っている高齢者に対して現実をそのまま伝え、彼らの誤った認識を強引に正すといったやり方が一般的でした。もし、現実を受け入れられずに混乱した場合は鎮静剤を打ったり、拘束したりして大人しくさせていたのです。
しかし、大学でソーシャルワーカーの修士号をとり、介護の現場で働き始めたナオミ・ファイル氏はそうしたやり方に疑問を持つようになりました。なぜなら、その方法では力ずくで管理しているにすぎず、問題の改善に全く寄与していなかったからです。
彼女はソーシャルワーカーとして働くなかで、一見支離滅裂な認知症患者の言動にもちゃんとした意味があり、それを汲みとることで相手が安心感を覚えて落ち着くことに着目しました。そして、その経験に基づいて1963年に提案したのがバリデーションです。
バリデーションとはアルツハイマー型認知症や類似の認知症の高齢者とコミュニケーションをとる方法のひとつで、認知症を患っている人の言動や行動を意味のあるものだと捉え、それを認めて受け入れることを主軸としています。
この方法論は次第に注目され始め、現在ではアメリカやスウェーデンを中心に1万を超える施設で取り入れられているといわれています。日本国内でも、多くの施設で研修などが行われるようになってきました。
バリデーションの目的
認知症を患っている高齢者は、自分の言いたいことやしたいことを言葉で表そうとしてもなかなか上手くいきません。その結果、多くの方は周囲から孤立してしまうことになります。
一方、バリデーションでは言葉よりもむしろ、感情表出を促すことを重視します。
認知症を患っている高齢者に対しては、本人が感情的にならないよう配慮し、なるべく穏やかに過ごしてもらおうという考え方もあります。バリデーションはそれとは真逆のアプローチ方法で、むしろ、悲しみ・怒り・怖れ・不安といったマイナスの感情も抑え込むことなくどんどん表に出してもらい、その感情に対して受け手側が共感するという手法です。
その目的は思い残しや心の傷といった、人生における未解決の課題への取り組みを支援することにあります。つまり、負の感情を表出させ、その苦しい気持ちに対して受け手側が理解を示すことで、高齢者が自身の人生の意味や存在価値を確認できるように手助けするというわけです。そうすれば、高齢者の多くが抱えている喪失感を埋めることができ、「ストレスや不安の軽減」「BPSD(行動・心理症状)の緩和」「自尊心の回復」「途絶していた他者との交流」といった具合に、さまざまな問題解決につながるとされています。
しかも、バリデーションによって効果が期待できるのは認知症を患っている本人だけではありません。世話をしている家族や専門職の人たちにも多くの効用をもたらすことができるのです。まず、認知症の人の言動を理解することにより、互いに信頼関係を築けるようになります。その結果、家族のフラストレーションは緩和され、専門職の人は自分の仕事に自信をもつことができるようになるというわけです。
バリデーションの基本
バリデーションの技法には「傾聴する」と「共感する(カリブレーション)」という2つの柱があります。
まず傾聴というのは文字通り耳を傾けることですが、ただ話を聞いていればよいというわけではありません。相手の気持ちを汲み取りながら「聴く」という姿勢が重要なのです。たとえば、「部屋に誰かがいる」と訴えてくる場合なら、「部屋に誰かがいるのですね」と相手の言葉をリフレージング(反復)します。そのうえで、「どこにいるのですか」「それはどんな人ですか」と質問を投げかけていき、本人の口から見えている世界を説明してもらうといった具合です。
また、共感する(カリブレーション)というのは、認知症の人の身体で感情が表れている部分を観察し、一致させていくことを指します。簡単にいえば、相手の表情・呼吸のペース・姿勢などをよく見て真似をしていくということになります。いずれの場合でも大切なのは、あくまでも介護者が認知症を患っている人のペースに合わせ、決して誘導や強制はしてはいけないという点です。逆にいえば、相手を否定せず、あるがままを認めて受容し、認知症の人の世界に歩み寄る姿勢が大切だというわけです。
その際に、嘘をついたり、ごまかしたりしてはいけません。仮に、「家に帰りたい」と言われたとしても「もうすぐ帰れるから」などといってその場しのぎをしようとしてはいけないということです。それよりも、家に帰りたいと言っている気持ちに共感し、相手と向かい合って共に悩む姿勢が信頼関係を築いていくことになるのです。
バリデーションの実践方法
バリデーションには14のテクニックが存在します。一覧にすると以下の通りです。
- センタリング(介護者が精神を集中する)
- オープンクエスチョン(自由に回答できる質問をする)
- リフレージング(相手の言葉と同じ言葉を繰り返す)
- 親しみをこめたアイコンタクトを意識する
- タッチング(手や肩など一番心地よい場所に触れる)
- 極端な表現を使う
- 反対のことを想像させる
- レミニシング(懐かしい思い出話をする)
- 曖昧な表現を使う
- 相手の好きな感覚を用いたコミュニケーション
- はっきりとした低い優しい声で話す
- 音楽を使う(必要に応じて歌ったり音楽を聴く)
- ミラーリング(相手の動きや表情に合わせる)
- 満たされていない人間的欲求と行動を結びつける
ただ、これらを一度にすべて実践しようとしてもなかなかうまくいきません。
そこで、この段落では基礎から着実にテクニックを磨いていけるように、特に実践しやすいものを厳選し、それぞれの具体的な方法について紹介していきます。
言語的テクニック
バリデーションには言語を用いたものと用いずに行うものがあります。
まず、前者の中で最も基本的なテクニックが「オープンクエスチョン」「リフレージング(反復) 」「レミニシング」です。
オープンクエスチョンは認知症の人が発した問いかけに対し、逆に、こちらから「いつ」「どこで」「何を」「誰が」「どのように」といった質問を行うテクニックです。
単純なイエス・ノーでは答えられない自由度の高い質問を多用するのがコツで、そうすることによって相手がどのような思いを抱いているのかが理解しやすくなります。ただし、「なぜ?」という質問は認知症の人にとっては回答するのが難しいので避けた方が無難でしょう。
リフレージング(反復)は、認知症の人が発した言葉の中で最も重要だと思われる言葉をそのまま繰り返すというものです。
ただ、機械的に繰り返すのではなく、声のトーンや大きさ、あるいは話すスピードをなるべく相手と合わせる必要があります。相手はその言葉を確認して安心感を得ることができるのです。
さらに、レミニシングというのは、過去の出来事について質問し、昔話をしてもらうというものです。
その中で繰り返して語られるエピソードには「人生の価値」や「人生の未解決の問題」などといった重要なメッセージが込められているケースが少なくありません。そして、それを知ることによって相手が心残りだったものを取り戻す手助けができるというわけです。
非言語的テクニック
言語を用いないバリデーションのテクニックには、「アイコンタクト」「タッチング」「ミラーリング」などがあります。
まず、アイコンタクトとは相手の真正面に座って「共感する(カリブレーション)」を続けつつ、「あなたを受け止めます」というメッセージを送りながら相手の目を見つめることです。そうすれば、相手に安心感を与えることができます。
また、タッチングとは相手の感情に寄り添い、話の内容に応じてスキンシップの仕方を変えていくことを指します。
スキンシップの具体的な方法として、以下のような具体例が挙げられます。
- 手のひらで頬を撫でる「母のタッチング」
- 頭頂部から後頭部を丁寧になでおろす「父のタッチング」
- 首の後ろを指先でなでる「子のタッチング」
- 肩を包み込むようにして上腕部へなでおろす「友のタッチング」
状況に応じてこれらを使い分ければ、相手に安心感を与えることができます。その代わり、触られるのに抵抗する仕草をした場合は即座に中断するようにしましょう。
さらに、ミラーリングとは自分が鏡になったつもりで、認知症の人の真正面で向き合い、相手の動作や感情を真似る技法です。
これを行うことで感情を分かち合う効果が期待できます。ただし、認知症の初期段階の人にこれを行うと、バカにされていると思われかねないので避けたほうが無難でしょう。
その他にも、音楽を使ったり、相手に話しかける声に気をつけたりするテクニックも覚えておくと便利です。
前者は、昔好きだった音楽や歌を聞かせるというもので、過去を思い出させて気持ちを落ち着かせる効果があります。一方、後者は、高齢者は高音が聞こえづらくなっているケースが多いので、はっきりとした低い声で優しく語りかけることで、コミュニケーションをスムーズに行う手法です。
バリデーションであたたかいコミュニケーションをとろう!
バリデーションは認知症の人に対してはもちろん、家族や専門家にとってもメリットの多い手法だとして世界的に評価されています。認知症の人の気持ちに寄り添うことで、より本質的なコミュニケーションが図れますし、それによって介護する側の負担の軽減にもつながります。実際に介護の悩みを抱えている人はこの記事などを参考にしつつ、試してみてはいかがでしょうか。