パーソン・センタード・ケアの基本姿勢とは

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パーソン・センタード・ケアの基本姿勢とは

認知症を患った利用者さんからの暴言や暴力、介護拒否などに頭を悩ませている介護スタッフは少なくありません。普段は大人しいのに、ちょっとしたことで怒り出し、手がつけられなくなったといった場合もあります。

このような悩みを抱える介護者の助けとなるのが、認知症患者のケアをより良いものにするための「パーソン・センタード・ケア」です。英国が発祥のケア技法ですが、2002年より日本でも認知症介護研究・研修大府センターが中心となり、健康増進等事業の補助金により導入が進められてきました。

そこで、この記事では認知症の方のこうした言動をどうやって理解し、どのように対応していけばいいのか、パーソン・センタード・ケアの基本姿勢についてわかりやすくお伝えします。

パーソン・センタード・ケアの基本姿勢と誕生の背景

パーソン・センタード・ケアは、1980年代に英国で誕生した認知症介護の考え方です。当時のイギリスにおける認知症ケアは、まるで流れ作業のようなケアでした。

認知症高齢者である本人の意思に関係なく、時間なったらおむつ交換や入浴介助をするといった効率重視のケアで、人が人として扱われるという当然のことがなされていませんでした。

このような介護ケアを「オールドカルチャー(古い文化)」とし、認知症介護の世界に「ニューカルチャー(新しい文化)」が必要だと考えたのがパーソン・センタード・ケア誕生の背景です。

パーソン・センタード・ケアの基本姿勢は、認知症患者をひとりの人として尊重し、同じ視点や立場に立って理解しながら介護していくということです。この考え方を提唱したのが、英国の社会心理学者トム・キットウッド教授です。

認知症の人の心理的ニーズ(パーソンフッド)

周囲からひとりの人間として受け入れられ、尊重されるという概念のことを「パーソンフッド」と呼んでいます。

パーソン・センタード・ケアの基本姿勢では、認知症の患者さんが持っている5つの心理的ニーズを満たすことが重要だと考えられています。

心理的ニーズとは、「くつろぎ」「自分らしさ(アイデンティティ)」「たずさわる」「結びつき・愛着」「共にある」のことです。この5つのニーズを包含しているのが「愛情」となります。

たとえ認知症が進んだとしても、心理的なニーズが満たされることで「愛情」が満たされ、症状や状態が改善されるとキットウッド教授は考えたのです。

認知症の方を理解する

その人の立場になって状況を理解する

基本姿勢のなかでも重要なのが、まずは認知症の方をひとりの人間として尊重することです。その上で、「なぜ徘徊するのか」「どうしていきなり暴力をふるうのか」といった行動の裏にある心理的ニーズを、認知症高齢者の立場となって理解する必要があります。

認知症発症前の利用者さんの姿を知る人からすれば、人が変わってしまったとしか感じられないでしょう。しかし、暴言や暴力、徘徊や介護拒否などの行動を、認知症という病気の症状のひとつだからと考えていては、人間として尊重したケアをすることはできません。

認知症の方を理解する5つの手がかり

トム・キットウッド教授によれば、認知症の方を理解し、尊重するケアを行うことが、認知症の回復につながるとされています。そのためには、以下の5つの要因を手がかりにしましょう。

1.脳の障害

アルツハイマー病や脳血管障害などの脳障害により、「最近のことを覚えていない」「人の話が理解できない」「今いる場所がわからない」といった認知機能が衰えます。結果として、不安や不快な思いをするだけでなく、ときにはパニックに陥ることもあります。

2.健康状態

既往歴や視力・聴覚など感覚機能の状態、合併疾患や薬の副作用など健康状態も認知症の行動や心理症状に影響します。健康状態が悪くなっても、それを適切な言葉で周りの人に伝えるのが難しいということも、介護者側は理解する必要があります。

3.生活歴

過去の成育歴や職歴、趣味や習慣・こだわり、好きなことや苦手なこと、物事の考え方や捉え方も人それぞれ違います。過去と現在のズレにより、昔できたことができなくなったことでご本人は著しくプライドが傷つき、不安や焦燥にかられている場合もあります。

4.性格

怒られると逃げ出す方もいれば、言い返す方もいます。その方の性格により行動や症状の出方も違ってきます。元々の性格や気質を理解しておくことが大切です。

5.環境

周囲の人から自分がどう見られているのかといった人間関係などの環境や、暑さ・寒さなどの物理的環境も大きな影響を与えます。元気な認知症患者であれば怒りや暴力などで示してくれますが、なかには生きることに無気力となり閉じこもってしまう方もいます。

よい状態とよくない状態

認知症患者本人にとって「よい状態」なのか「よくない状態」なのかを理解し、そのサインを見逃さないことが重要です。そこから必要なケアを考えていくことを目指すのがパーソン・センタード・ケアの基本姿勢でもあります。

よい状態

  • ゆったりとしている
  • 喜んでいる
  • 周囲に思いやりを示している
  • 人に何かをしてあげようとしている
  • ユーモアがある
  • 愛情を示している
  • 自分から社会と接触しようとしている
  • 自尊心がある
  • あらゆる種類の感情を表現している

よくない状態

  • 不安や恐怖を感じている
  • 強い怒りを感じている
  • 退屈している
  • 身体的な不快感がある
  • 引きこもっている
  • 身体の緊張やこわばりがある
  • 動揺や興奮している
  • 無関心、無感動になっている
  • 落胆や悲しい時に放ったらかしにされている
  • 力のある他人に抵抗することが難しい

よい状態とは、上記に示したように本人にとって「心地よい状態」です。決して介護者側にとって負担が少ない「楽な状態」が「よい状態」ではないことを理解しておきましょう。

また、よくない状態は上記に示したように、周囲の人との関わりやつながりがない状態のことです。

認知症ケアマッピング(DCM:DementiaCareMapping)とは

認知症ケアマッピングとは、ケア現場で実際にパーソン・センタード・ケアの理念を実践するために開発されたケア方法です。DCMとも呼ばれ、5名前後の認知症高齢者をグループに分けて6時間以上連続して観察し、この後に説明する内容について5分ごとに記録をしていきます。

DCMのプロセス

  1. ブリーフィング(事前説明)
  2. マッピング(観察・記録)
  3. フィードバック(報告・話し合い)
  4. ケア向上の行動計画立案
  5. ケアの実践
認知症介護研究・研究大府センター参考

どのような行動にたずさわっているかを確認する

認知障害者のさまざまな行動を23種類のアルファベットで表し、どのような行動にたずさわっているかを確認します。「A=話す」「B=自分からは何もしない」「F=食べる」というように記録していきます。

大切なのは、本人の視点で行動を捉えることです。たとえば、過去に清掃の仕事をされていた方が、テーブルの上や床が汚れるとすぐに掃除を始めた場合、その方の職歴を考慮し「V=仕事に関する行為」と記録します。

よい状態かよくない状態かを確認する

上記で観察した行動をもとに、先にお伝えした「よい状態」と「よくない状態」を数値化し、記録・データ化します。「とてもよい状態」から「極めてよくない状態」までを、+5、+3、+1、-1、-3、-5の6段階の数値で評価します。

ポイントは外見の印象で判断するのではなく、あくまでも本人がどのような気持ちで行っているかにより評価することです。たとえ介護者側から見て問題行動だと思えても、本人が満足そうにしていれば「よい状態」に分類されます。

本人と介護者の関わりはどうかを確認する

認知症の介護現場では、介護者である職員が本人とどのように関わっているかを「PE」と「PD」に分けて記録します。

PE―個人の尊厳を重視するケア

名前を呼ぶ、アイコンタクトをとる、興味を引き出すような話し合いをする、歌や触るなど感覚的に訴えるなどのケアや楽しむ、協力する、お祝いをするなどのケアも該当します。あくまでもケアの中心は認知症患者本人です。

PD―個人の尊厳を損なうケア

ごまかす、急かす、無視する、子ども扱い、権限を与えない、仲間外れ、決めつけなどのケアが該当します。

こうした行為を記録するのは、介護職に就いている人たちの質を観察するためではありません。あくまでも介護者の言動により、認知症の方にどのような影響や変化が現れるかを確認するためです。

マッピングした記録をもとに、今後のケアの計画を立てる

認知症ケアマッピング(DCM)は、5名前後を6時間以上連続して観察し、その内容を23種類のアルファベットで5分ごとに記録します。また、1回だけでなく繰り返し行う必要があります。継続することで、その患者さんにとってより適切なケアを提供することができるようになるからです。

また、マッピングした記録をもとに、グループミーティングを行って今後の介護ケアの計画を立てることで、理想のパーソン・センタード・ケアへと近づいていくことができます。

計画を立てる際に大切なのが、認知症の方一人ひとりにもっとも適切な介護となるよう配慮することです。

認知症ケアマッピングを用いたパーソン・センタード・ケアの効果

老年精神医学雑誌に発表された「重度認知症病棟における認知症ケアマッピングを用いたパーソン・センタード・ケアに関する介入の効果」によると、DCMを3か月間に3回実施したところ、「パーソン・センタード・ケアに取り組むことで、スタッフの認知症に対する意識の改善や認知症高齢者の生活の質に対して良好な影響を及ぼすことが示唆された」という結果が報告されています。

まとめ

介護の現場はどの施設も時間に追われ、介護される側の立場に立ったケアを行うのは困難です。いくら利用者さんに寄り添ったケアを行おうとしても、残業や休日出勤などの過重労働で疲弊していては、よいケアなど提供できなくて当然です。しかし、今回お伝えしたパーソン・センタード・ケアを実践すれば、結果、介護する側のスタッフにとっても「よい状態」になるはずです。

そのためには職員よりも、施設や事業所、国が変わらなくてはなりません。「どんなに辛くても職員はがんばっていいケアを」というオールドカルチャーから、「ゆとりある状態にある職員こそがゆとりあるケアを提供できる」というニューカルチャーへの転換が行われれば、みなさんの職場でもゆとりある介護の実現がもっと早まるはずです。