クレームは発生しないに越したことはないですが、介護現場は対人援助という側面から誤解や不満が起きやすいサービスであるといえます。適正に対応することができないと、二次的なクレームに発展する危険性、また風評被害を招く恐れもあります。
本記事では、東京都国民健康保険団体連合会が刊行した「介護サービスの苦情相談白書」からクレームの実例と対処法を抜粋してご紹介します。日頃の運営のご参考にしてください。
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目次
クレームとは何か
クレーム(claim)とは「賠償や保証を要求すること」で、顧客が期待していた水準のサービスが受けられなかったときに保証や賠償を求めるものです。同じような言葉には「苦情」というものもあり、本来は別の意味を持っていますが、現在ではほぼ同じ意味として使用されています。
一般的な社会のクレームは、主に「丁寧に対応してほしい」、「早く対応してほしい」といった顧客の欲求が満たされないことで起こります。「不快な感情を満たしてほしい」、「不便な部分を解消してほしい」という顧客の要求がクレームとして表れるのです。
クレームを受けたときには「文句を言われた」とネガティブにとらえがちですが、自社のサービスを向上させるきっかけと考え、一人の問題という考えではなく、施設・事業所の問題と捉え、クレームから皆で学ぶ姿勢が重要となります。問題に対して迅速に対応し、顧客が高い満足度を感じることができれば、リピーターとなり、その顧客から新たな顧客の紹介につながるという可能性もあります。
介護現場でのクレーム事例
介護現場でのクレームには、どのようなものがあるのでしょうか。東京都国民健康保険団体連合会に寄せられた相談のなかから、実際に起きた事例とその対応について紹介します。
なお、事例は実例にもとづいて内容と表現に一部修正を加えて紹介しているので、実際の内容とは異なる場合があります。
介護職員の対応や接遇に対するクレーム
クレーム内容 | 対応結果 |
家族の面会に行った際、女性介護職員の爪が長く伸びてマニキュアをしているのが気になった。家族の太ももを見るとみみず腫れがあった。職員が引っかいた訳ではないと思うが、長い爪をして介護していると疑われても仕方がないと施設の責任者に伝えてほしい。(特養、ご家族) | 保険者から施設の生活相談員に報告した。施設では調査をすると同時に、就業中の身だしなみについて再度確認した。 |
身だしなみに関するクレームは多く聞かれ、上記事例以外にも髪色や髪形、ピアスなどのアクセサリーといった様々なケースがあります。服務規程などを参考に、当該職員にはしっかりと理由を説明して、おしゃれと身だしなみは違うと理解、納得してもらうことが大事です。このような事例のような身だしなみの改善は、職員が顧客の立場に置き換えた考えが理解出来れば、速やかな改善は可能です。
上記の事例では介助中における事故防止の観点からも手順書等における改善も必要であること、また当該職員が周囲に今後も誤解を受ける可能性が高いために、それを避け、守る目的があることを伝えると素直に受け入れられやすいでしょう。
クレーム内容 | 対応結果 |
利用者は脱肛があるため、その都度看護職員に修復してもらう必要があった。しかし何度ナースコールしても来てもらえないことが頻回にあり、「そんな1日に何度も来れないわよ」ときつく言われた。 施設の意見箱に投書したが、ほかの投稿は掲示されているのに、自分の投書はいつまでも掲示されない。(老健、ご家族) | 保険者から施設に連絡し、施設長にクレームを代弁した。施設長は投書について知らなかった様子であり、今後はこのようなことがないように指導するとのことだった。 |
この事例には2つのクレームがあり、ひとつは看護職員の態度や言葉使いについて、もうひとつは意見箱に対する介護施設の対応です。
命令口調の強い話し方やスピーチロックなどは、介護現場ではよく問題になる事例だと思います。クレームをきっかけに研修や面談を行い、当該職員だけではなく、他のクレーム事例同様に施設・事業所全体の問題としてとらえることが重要です。話し方や言葉使いは習慣になってしまいがちで、すぐ改善することは難しいかもしれませんが、顧客の立場になった時にどのような言動をされたいのかを職員同士で注意しあえる環境を作ることも大切です。
意見箱に入れられた投書を誰がどのように、いつ確認するのか、回答方法や対応について再確認が必要です。重要事項説明書などに記されていますが、苦情担当窓口となる担当者を決めて、そこで対応が難しい内容は上司や管理者に相談していくシステム作りが必要でしょう。定期的に行うミーティングや研修の場で意見箱の投書を紹介、共有し、そこから学ぶ時間を設け、職員間で相談できる環境を整える工夫も大切です。
受傷、紛失、破損などの損害に関するクレーム
苦情内容 | 対応結果 |
施設で複数回転倒している。いつ、どのように転倒したのか施設側に説明を求めたが「わからない」との回答だった。納得がいかず文書での説明を求めたが、その内容も納得できるものではなかった。(老健、ご家族) | 保険者から施設に状況を確認し、ご家族へ再度丁寧に説明するように依頼した。 |
この事例では入居者が転倒してしまった事実よりも、その後の説明や対応に問題があるといえます。たとえば誰も見ていない状況で転倒して状況が不明なのであれば、なぜ誰も見ていなかったのかを含めて丁寧な説明が必要です。また再アセスメントを行い再発防止のための手立てもケアプランに位置付けることを含めて説明する必要があるでしょう。
このような事例は対応を誤ると、その後の展開が難しくなりがちです。施設・事業所側に非がある場合は素直に認め、誠意をもって謝罪しつつ対応することが望ましいでしょう。
クレーム内容 | 対応結果 |
訪問介護事業所に浴室掃除を依頼している。浴室には水道の蛇口が2つあり、片方は使わないように訪問介護員に伝えていたが、訪問介護員はその蛇口を使用して清掃をした上、蛇口を壊した。 本件については地域包括支援センターにも相談しているが一向に連絡が来ない。(訪問介護、ご家族) | 保険者から地域包括支援センターに確認したところ、現在対応中であることを確認した。今後、相談者やケアマネジャー、訪問介護事業所、地域包括支援センターで話し合いの場を持つことになった。 |
この事例でも設備を破損した事実そのものより、その後の対応に問題があるといえます。事業所としてその事実を確認したならば、早急に訪問介護員(ホームヘルパー)への聞き取り、面談や現状確認を行い、利用者に対する説明や謝罪を考えるべきです。
直行直帰が多い訪問介護員への周知方法や手順書の整備など、事業所としての課題があった場合には速やかに再発防止策を講じ、それも含めて利用者に説明します。自分の訴えを事業所側が真摯に受け止めて、対策を講じてくれていると利用者にて認識されれば、大切に扱われているという体験から以後のサービスへの満足度、信頼度が上がることも期待できます。
説明不足や誤解によるクレーム
クレーム内容 | 対応結果 |
施設の申し込みをしており、健康診断書の提出を求められ、相談者は近日中に入所ができると思っていた。 しかし入所検討会議の結果、現在は受け入れが困難な状況であるとの回答だった。納得できない。(特養、ご家族) | 入所の候補者として相談者に声をかけたが、あくまでも候補者であり、入所検討会議の結果によって入所の可否が決まること、空きがない場合にはすぐに入所できない可能性があることを事前に説明していたとのことだった。 その後、施設側から相談者へ説明が不十分なため不快な思いをさせたことについて謝罪を行った。あわせて施設の入所検討のプロセスを説明し、条件が合えば今後も入所の声かけを継続すると伝えた。 |
説明不足や誤解はコミュニケーション不足によるものが多く、こちらが伝えた内容と相手が理解していた内容に差がある場合に起こりやすいです。施設長や相談員から見れば当たり前である事でも、利用者のご家族から見れば介護保険上の決まりごとなどは難しく感じるものです。「説明したから分かっているだろう」という理屈は、通用しないと考えておくべきでしょう。相手の理解に合わせて説明すること、説明したことを理解してもらえたかどうか確認を重ねながら話を進めるテクニックも必要になってきます。
「利用者のご家族は介護保険の申請時から複雑な手続きを頻回に行ってきた」という視点に立てば、入所に関する煩雑な手続きに対する説明も丁寧さを増すことができるでしょう。その丁寧さによって利用者やご家族からの以後の信頼を得ることができます。介護スタッフに対して利用者本位のサービスマインドを徹底させることが、このようなクレームの発生を防ぐ近道です。
サービス内容や料金に対するクレーム
クレーム内容 | 対応結果 |
今月の利用料を引き落とされた後に請求書が届いた。本来は請求書が先に届くべきだと事業所に直接指摘したが、大事ととらえていないようだ。このような対応で問題はないのか。家族から言っても真剣に取り合ってもらえないので、行政から是正を促してほしい。(通所介護、ご家族) | 保険者から事業所管理者に連絡したところ、早急に謝罪して対応するとの回答があった。 |
通所介護ということで、請求書を郵送せずに、利用日に利用者へ手渡ししていた可能性もありますが、利用開始時にはご請求書をご本人にお渡ししてよいのか、ご家族にお渡しすれば良いのか確認すれば、このようなクレームは回避が出来ます。
介護職員は介護サービスを利用者に提供するということに目を向け、対価が発生して利用者が支払いをしているという意識は持ちにくいものかもしれません。請求業務に携わる職員が限定されている事業所であれば尚更です。このようなケースはクレームを受けて初めて、利用に対し、お金を頂く一連の流れを学びにつながるため、貴重な意見をいただいたと前向きにとらえることが大切です。
クレーム内容 | 対応結果 |
訪問介護員の仕事が極めて粗雑。食事作りでは食材のロスが多い。また生ごみの後始末やそのほかの家事のやり忘れ、やりっぱなしなどが多くてきりがない。 先日、猛暑による居室の気温上昇が見込まれたので、事前に訪問介護員に室内温度への配慮を要望していたが全く対応をしてもらえず、利用者が熱中症の危機にさらされた。今後このようなことがないように注意してほしいと伝えたが、謝罪の言葉がなかった。 こうした経過もあり、訪問介護事業所を変更することが決まった。今まで長い期間お世話になっていたのでクレームを言わずに我慢してきたが、この機会に変更に至った理由や不満の気持ちを保険者に伝えたい。(訪問介護、家族) | 保険者は、相談者が利用者のことを思い、不満や不信感を伝えられなかった心情を傾聴した。 その上で訪問介護事業所に対して、保険者から相談者の気持ちを代弁することができることを伝えた。 相談者は、今までの訪問介護員の支援の状況や、それに対して自分が感じたことをケアマネジャーに伝えてみるとのことだった。 また何かあれば相談に乗ってほしいと言われて終了となった。 |
介護サービスを受ける側の心意として、利用者やご家族が不満を感じたとしてもなかなか声を上げにくいものです。特に1対1で支援を行う訪問介護はその傾向が顕著で、「お世話になっているから言い出しにくい」、「クレームを言うことで対応が悪くなると困る」などの感情からクレームを言うことをためらう傾向があります。
この事例では、利用中には伝えられなかったサイレントクレームの側面もあります。事業所を変更するきっかけでそれが表面化したものですが、そのまま事業者の耳に入らずに不信感だけが残り、最悪の場合は命に係わる事故につながったかもしれません。その場合、悪評が広がって事業所のイメージダウンに繋がる可能性もあります。
クレームを伝えて頂いたことに対して感謝の気持ちを持ち、訪問介護員への指導によって質の向上を図る良い機会を得たととらえることが望ましいでしょう。
介護におけるクレーム対応の基本とは
介護は対人サービスなので、様々なクレームが起きやすい業界ともいえます。クレームが発生した際の一次対応を怠ると、さらに相手を不快にさせることにつながるため注意が必要です。利用者からのクレームを放置したことにより、行政に相談されて、監査になるということもあり得ます。
まずは傾聴と謝罪
クレームを受けた際には、相手が何に対して怒っているのか、どうしてほしいのかを含めて丁寧に経緯と内容を聞き取るようにしましょう。相手が興奮状態のときは、話をさえぎらずに共感の姿勢を示しながら傾聴に徹し、感情が静まってから内容を整理していくとよいでしょう。
事実確認ができていないことには謝罪の必要はありませんが、サービス利用時に不快にさせたことの謝罪は必要です。さらに、クレームを頂いたことによって、施設・事業所のサービスをより向上させることができるという感謝の気持ちも伝えられると、相手の感情も良い方向に動きやすいです。
解決策や代替案の提示
クレームの内容を把握したならば、苦情対応の責任者を中心に解決策や代替案などを検討して、時間を空けずに示す必要があります。重要事項説明書などを基に説明を行い、対応の必要があれば可能な限り、要望に沿う姿勢を見せるべきでしょう。ただし必要以上の要求に対しては検討が必要です。
もしも上司や担当者に対応を変わるように要望があった場合は、速やかに対応できるように事前の報告や相談が重要になります。
また行政に対して、苦情対応に関する通報をされる可能性も踏まえ、内容によってはあらかじめ行政に報告、連絡、相談するとよいでしょう。簡単に解決できると思ったクレームも話がこじれる場合もありますので、いざというときにフォロー頂くためにも速やかな報告は必要です。
対応や事例を周知徹底する
対応した履歴はきちんと経過記録に記載し、担当者や責任者から職員に周知徹底するようにしましょう。ご連絡があったときには、スムーズに話が通じ、話が通じないことに対し、次の苦情を頂かないように伝達しましょう。
そして苦情報告書を作成し、職場内で会議を行い、再発防止策を講じましょう。
クレーム事例を参考に介護現場の業務改善を!
多くの人は、介護サービスに対して感じた不満をわざわざサービス提供者に伝えることはせず、黙って他の施設や事業所に切り替えてしまうことが多いです。これは「サイレントクレーム」と呼ばれ、サービスの改善点が提供者に伝わらず、顧客が不満を抱えたままになってしまうため解決につながりにくいです。
現在では、誰でも簡単にSNSや口コミサイトに不満を書き記すことが出来、ネット上に書き込まれた批判は何年も残り続ける場合もあり、それを見た人にサイレントクレームが伝播する可能性もあるので、一つの不満からその後の施設・事業所の非常に大きな損失となってしまいます。そのためクレームが発生した際には、あえて声を上げて教えていただいたことで、介護サービス事業者の課題や問題点に気付けたと、業務改善に結びつけていくことが、今後の前向きな成長につながります。職員にもクレームをネガティブでなく、ポジティブに伝えるようにしましょう。