長年、介護施設・事業所の新規立ち上げ・改善に関わっておりますが、労務管理のご相談も多く頂いております。
訪問介護においては、住宅型有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅に併設の事業所も多く、業務が曖昧になることも多いです。
また事業所に立ち寄らずに、利用者宅へ直接訪問、利用者宅から直接帰宅する登録型の訪問介護員を雇用しているケースから、労務管理が煩雑になることもあります。
事業所の中では、介護保険法に基づく訪問介護の業務に従事する訪問介護員等については、使用者の指揮監督の下にあること等から、労働基準法第9条の労働者に該当します。
今回は、訪問介護の適切な労務管理を法律の根拠を基にご紹介します。
目次
訪問介護労働者と労働基準法について
訪問介護労働者への就業規則(労働基準法第106条)
就業規則が、どこにあるかわからない、見たこともないという訪問介護員も多いです。特にこのような訪問介護員が、後で就業規則に該当する下記のようなトラブルを起こすことも多いので、懲罰に該当する事例を具体的に就業規則に明記する必要もあります。
①利用者から個人的にサービスの契約、または売買を要求される。または、当社訪問介護員が要求する。
②利用者に他社のサービスを勧める。(当社に在職中)
③事業所内文書を事業所外に持ち出す。(辞めた後も厳禁)
就業規則は労働者に周知する必要がありますが、直行直帰で、事業所に赴く機会の少ない訪問介護員については、書面を交付することによる方法で周知することが望ましいです。
休業手当の適正な支払い(労働基準法第26条)
使用者の故意・過失などによって労働者を休業させる場合、使用者は休業手当として平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければなりません。
また、利用者からのキャンセル・利用時間帯変更などの理由により労働者を休業させる場合においても、原則として休業手当を支払う必要があります。ただし、他の利用者宅への訪問など、代替業務の可能性を含めて判断し、使用者として最善の努力を認められる場合においてはその限りではありません。
※どの程度まで努力すれば「最善を尽くした」と認められるかが明確ではないため、キャンセルにより労働者を休業させる場合は、休業手当の支払い義務が生じる場合がほとんどです。
利用者からのキャンセルの連絡を管理者やサービス提供責任者が訪問介護員へ伝え忘れ、利用者宅に訪問してしまうトラブルも多いので、このようなケースが頻繁に発生している場合はトラブルがないように連絡の仕方の見直しも行って下さい。
移動時間等の把握(労働基準法第32条ほか)
労働時間とは、訪問介護の業務に直接従事している時間だけを指すのではなく、移動時間や待機時間、報告書の作成、研修受講についても、以下のような場合には労働時間に該当します。
使用者は適正にこれを把握、管理する必要がありますが、移動時間が同じ場所からの移動なのに、訪問介護員によって異なることもありますので、複数の訪問介護員の移動時間の検証し、労使双方が合意の上、適切に支払うようにしましょう。
移動時間についての賃金額について
Q1.訪問介護の業務に従事した時間に対して支払う賃金額と、移動時間に対して支払う賃金額は、異なってもよいですか?
A1.訪問介護の業務に直接従事する時間と、それ以外の業務に従事する時間の賃金水準については、最低賃金額を下回らない範囲であれば、労使の話し合いによって決定することは差し支えありません。
Q2.当社では、過去3ヶ月間にわたり移動時間を把握した結果、特別の事情がない限り、1回当たりの移動時間が15 分を上回らないことが判明しました。そこで、A事業所においては、移動時間を15 分と定め、移動1回当たり15 分に相当する賃金を支払うこととし、15分を超えた場合には、超過した時間分の賃金を追加して支払うことを検討していますが、可能ですか。
A2.移動時間を含め労働時間を適切に管理することは使用者の責務であり、移動に要した時間を確認し、記録する必要があります。移動に係る賃金は、このようにして把握した労働時間に基づき算定するのが基本となります。
事務処理の簡素化のため移動に係る賃金を定額制とすることは、実労働時間に基づき支払うべき賃金が定額を超える場合に超過分を支払うのであれば、労働者に不利益とはなりませんので、可能と考えられます。この場合、雇入通知書や就業規則でその旨を明示する必要があります。なお、定額制を取り入れても労働時間の把握は必要であるとともに、超過分を支払わないことは賃金の一部不払となることに留意してください。
車の移動時間についての賃金額は、自己申告は訪問介護員により異なることも多いので、グーグルマップ等の距離を測定し、ガソリン代の支払いを行っている事業所もありますが、ガソリン代を時価で見直すことも必要です。
待機時間の考え方について
待機時間については、使用者が急な需要等に対応するため事業場等において待機を命じ、当該時間の自由利用が労働者に保障されていないと認められる場合には、労働時間に該当します。
中抜け休憩の考え方ですが、例えば業9:00終業18:00変形労働時間制、ただし事業所ごとの状況において勤務時間を変更することができる、と雇用契約書に記載されているとします。
給与にみなし残業30時間が含まれることは説明されていて、事業所のサービス提供時間が、24時間の訪問を行っている場合、採用時に説明を行い、利用者の実態に合わせて朝6時~22時までケアの提供、中抜けを行うルールは、雇用契約書に『状況に応じて勤務時間を変更する』と記載があれば、中抜け休憩をとっていて、実労働時間が月残業30時間帯以内ならば法律違反にはなりません。
しかしながら、訪問介護員等の体調を配慮せずに、6時~22時の訪問を限定した訪問介護員等が固定的に行うことは、例え中抜けや訪問介護員が承認したとしても「安全配慮義務」を問われてしまいます。
安全配慮義務の内容は、
①介護事故等の発生が具体的に予見できたのか(予見可能性)
②予見できたとすると、その結果を回避できる可能性があったのか(結果回避可能性)
③その結果を回避するために具体的にどのようなことを行うべき義務(結果回避義務)があったのか
を考える必要があります。
また訪問を限定した訪問介護員等で行うと、
① 訪問介護員等に急な休みが生じた場合、利用者に継続したサービス提供が出来なくなる。
② 訪問介護員等が体調が悪くても「自分しか行けないから。利用者が困るから。」と勝手な判断により、利用者宅に訪問し、感染させてしまう。
③ 訪問介護のサービス提供時時間にも勝手な判断で個人的付き合いと訪問等を行い、トラブルを起こす。
等様々なリスクを生じてしまう可能性もありますので、日頃からの声がけや管理、指導が必要になります。
※みなし残業とは、労働時間を把握しにくい場合に賃金や手当ての中に、あらかじめ一定の時間外労働に相当する割増賃金を含ませて支払うことをいいます。 例えば「月20時間の残業を含む」とされている場合、月20時間までの残業代は賃金とは別に残業代として支給されない賃金体系のことです。
訪問介護労働者の法定労働条件の確保について
下記は、「訪問介護労働者の法定労働条件の確保について」(平成16年8月27日付け基発第0827001号)厚生労働省から発令された内容です。
この内容には、訪問介護員の定義や訪問介護労働者の法定労働条件の確保上の問題点及びこれに関連する法令の適用などがまとめられた内容となっています。
訪問介護は、2020年度の有効求人倍率は14・92倍でしたが、2020年度の介護関係職種の有効求人倍率は3・86倍(前年比0・37ポイント低下)。コロナ禍で同年度の平均は1・10倍、前年比0・45ポイントと大幅に低下した一方、訪問介護の求人倍率は群を抜いて高い水準が続いています。
そのような中で適切な労務環境に整備することは、特に人材不足が深刻な訪問介護事業においては当然なのですが、訪問介護員が不足しているために管理者やサービス提供責任者が利用者宅に訪問を行わなければいけない現状もあり、労務管理が煩雑になる等、コミュニケーション不足からも事故やトラブルが生じるケースもあります。
私も訪問介護の管理者兼サービス提供責任者の経験がありますが、私自身は直行直帰が定着化してしまうことのリスクからよほどの家庭や体調の事情がない限りは、直行直帰をせずに、事業所に立ち寄り、報告連絡相談と経過記録の記載を登録型の訪問介護員にも協力のお願いをしてきました。
その甲斐あってか、正社員の訪問介護員がルートリーダー、稼働率が高い登録型訪問介護員がサブリーダーとなり、稼働率が高い訪問介護員に指導、報告連絡相談の仕組みを作り、サービスの質と事業所全体の稼働率も上がりました。
今やその時の私の部下だった、当時旧ヘルパー2級取得間もなかった正職員の訪問介護員は、介護福祉士、ケアマネジャーを取得し、地域で活躍をしています。
適切な労務管理の法律の理解は、普段の訪問介護員とのコミュニケーションの積み重ねから生まれます。
今の世の中は、line等も活用し、訪問介護員とのコミュニケーションが可能となっていますが、文章の内容の正しい理解を労使共に行えていないとトラブルが生じ、最悪、利用者、ご家族にも多大なご迷惑をおかけしていまいます。
コロナ禍においては難しいことも沢山ありますが、顔を合わせてのコミュニケーションは、労使互いの安心感につながって、間違いや誤解を早期に正すことが出来ますので、下記の通達文章もご参考に、人材不足解消急務の訪問介護の労務管理の見直しを行って下さい。
参考:訪問介護労働者の法定労働条件の確保について(平成16年8月27日付け基発第0827001号)
まとめ
新型コロナウイルス感染症が原因で82歳で亡くなった広島県三次市の女性の遺族が、同市の訪問介護事業所の運営会社に計4400万円の損害賠償を求めて広島地裁に提訴したというニュースが昨年10月初旬、日本全国を駆け巡りました(なお、当該訴訟は、令和2年10月12日に和解が成立し、審理開始前に取り下げられています)。
訴状などによると、三次市で一人暮らしをしていた女性は、令和2年4月3日(以下日付は全て令和2年とします。)に新型コロナウイルス感染症を発症し、PCR検査の結果、9日に陽性と判明。その後、広島市内の病院に入院し、19日に新型コロナウイルスによる肺炎のために死亡しました。
遺族は「運営会社はヘルパーやその周辺の人に感染の兆候がある場合は報告を求め、出勤させない義務があるのに怠った。ヘルパーを交代させていれば母の命は奪われなかった。運営会社は責任を認めて謝罪してほしい」と主張しました。
このような訴訟事例からも適切な労務管理は、今後も人の命や生活に関わる介護事業では求められていきます。
直行直帰のサービスの訪問介護では、このような報告連絡相談が希薄になりがちなので、皆さんの労務管理の改善にご活用頂ければ幸いです。