対人援助職である介護職では、心理的にストレスを感じることが多くあります。ストレスの多い状態のまま全力で仕事に取り組み続けると、ある日突然「燃え尽き症候群」のように無気力な状態になってしまうなど、心身に悪影響が出る場合があります。
そのため、自分のストレスと適切に向き合い、対処していく「ストレスコーピング」という手法は非常に有効です。本記事ではストレスとは何かを考えた上で、コーピングの具体的な手法をお伝えいたします。
目次
ストレスコーピングとは?
ストレスコーピングとは、ストレスを感じた時に行う対処方法のことを言います。
ストレスコーピングを提唱したのはアメリカの心理学者ラザルスで、コーピングの語源となる英語の「cope」とは、「問題に対応する、切り抜ける」という意味を持ちます。
気晴らしや発散というような一般的に知られるストレス解消の方法だけではなく、ストレスをどのようにとらえて向き合うかというさらに掘り下げた手法も加わります。
何かが起こったときの感情や受け止め方のことを「認知」と呼びますが、それが極端に偏った状態のことを「認知のゆがみ」といいます。ほかの人にとってはなんでもない出来事に対してでも強いストレスを感じてしまうのは、認知のゆがみが起きていることが原因だといわれています。身の回りで起こった出来事を、自分にとってマイナスにゆがめて解釈してしまうためです。
そのゆがみを修正していくのが「認知行動療法」です。
ストレスコーピングは、ゆがみを修正した上で行うことで根本的解決に近づきます。
また、ストレスコーピングが意識的にストレスに対処する方法であるのに対して、無意識の反応を「適応機制」と呼びます。防衛反応でもあるこの適応機制は、防衛機制といわれることもあります。
ストレスとはいったい何なのか?ストレスを構成する3つの要素
本来ストレスとは物理学の用語で、「物体に圧力を加えることで生じるゆがみ」を意味します。カナダの生理学者ハンス・セリエが発表した「ストレス学説」により、現在のような生理学的な意味で使われるようになりました。
セリエのストレス理論をさらに深めたのがラザルスで、ストレスコーピング理論を構築しました。ストレスコーピング理論によると、ストレスの発生するプロセスは「ストレッサー」、「認知的評価」、「ストレス反応」に分けられます。
ストレッサー
ストレッサーとは、ストレスを発生させる原因や環境を指します。このストレッサーによる様々な反応のことを「ストレス反応」といいます。
例えば、暑くて汗をかくという場合、「暑さ」がストレッサーとなり「汗をかく」がストレス反応なのです。このように、ストレスとは本来ストレッサーに対する自然な防御反応であるといえます。
ストレッサーの分類
物理的・化学的・肉体的なもの | 労働環境、労働時間、VDT作業(ディスプレイ・キーボード等を使用したデータ入力、検索、編集等の作業)、病気、栄養の偏り、喫煙、飲酒、睡眠不足、寒さ、暑さ、騒音、人ごみ、薬物、毒、甘さ、辛さ、重さ、運動 |
心理的なもの | 怒り、悲しみ、不安、恐れ、歓び、焦り、悲しみ |
社会的・人間関係的なもの | 人間関係トラブル、評価、時間、解雇、降格、昇格、転職、退職、ノルマ、目標、恋愛、離婚 |
変化 | 寒いから暑い、安心から不安、安定から解雇 |
※佐藤隆「ストレスを理解する」より引用
認知的評価
ラザルスのストレス理論では、ストレスがあってもそれをどのように認知するかによってとらえ方が異なると述べられています。例えば「廊下を走らないでください」といわれたことを「叱られた、注意された」と認知するか、「教えてもらった」と認知するかによって生じる感情や結果は大きく変わってくるというものです。
人がストレッサーに直面したとき、それが自分にとって有害なものか無害なものかを防衛本能で判断します。ここで、ストレッサーをどのように認知するかを「評価」と呼びます。ストレッサーが自分に対して無害であると認知されれば、ストレスは発生しません。これが一次的認知評価です。
このとき、有害であると認知された場合に二次的認知評価に移行します。二次的認知評価では、その事態に対応するための「効果的な方法を知っているか」という結果期待と、「その効果的な方法は実践できるか」という効力期待が評価されます。
対処できると判断された場合にストレスは緩和され、対処できないと判断されればストレスは高まります。
ストレス反応
人がストレスを認知してその状態が長く続くと、心身が耐えきれなくなり様々な症状を引き起こすことをストレス反応と呼びます。症状があるからといって病気であるとは限らず、人の自然な反応であるといえます。
例えば、気になる出来事があって眠れないという経験はよくあることでしょう。親しい人が亡くなれば憂うつな気分になるかもしれません。
健康な人の場合、ストレスが消えれば元の状態に戻る力を持っています。しかし、症状が長く続いたり、生活するうえで支障がでたりする場合には専門家に相談した方が良いでしょう。
反応の種類 | 具体的な症状 |
身体面の症状 | 疲労、全身疲労感、動悸、めまい、頭痛、不眠、食欲不振 |
心理面の症状 | 憂うつ、不安緊張、怒り、幻聴 |
生活、行動面の変化 | 生活の乱れ、行動の変化、自傷行為、引きこもり |
出典:厚生労働省「みんなのメンタルヘルス」
介護職の抱えるストレスとは
公益財団法人介護労働安定センターの「令和元年度介護労働実態調査」によると、「職場での労働条件や仕事の負担に関する悩み」として最も多く回答されたのは、「人手が足りない」でした。次に「仕事内容の割に賃金が低い」、「身体的負担が大きい(腰痛や体力に不安がある)」が続いています。
また、根本的な問題として「相談できるところがない」というものもあり、介護職がストレスを感じても一人で抱え込んでしまいがちな状況を示しています。
人手が足りない
人手不足により業務量が多かったり、休日が思うように取れなかったりすることが介護職にとって負担になっています。特に夜勤明けの取り扱い、仮眠や休憩の取得の難しさもあり、最低限の業務をこなすのが精一杯という声も聞かれます。
介護に対する熱意が高く理想の介護を実践したいと考えても、人手不足のために難しく、「それなりの仕事をしている自分」という思いがストレスになっていることもあるでしょう。
仕事内容の割に賃金が低い
仕事でのミスや事故が生死にかかわることもあり、非常に緊張を強いられるているにも関わらず、その対価としての賃金が低いという訴えも多く聞かれます。処遇改善加算などの対策も講じられていますが、それを加えてもなお低い水準であることを不満に思う介護職は多いでしょう。
身体的負担が大きい(腰痛や体力に不安がある)
夜勤の長時間拘束や回数が負担となり、体調管理に影響する場合もあるでしょう。また、身体介護が続いて身体的負担がかかり、腰痛を抱える介護職も多いと思われます。
業務自体はやりがいがあってずっとこの仕事を続けたいと思っていても、身体的にやっていけるかどうか不安だと感じる人が多いのです。
まずはストレスチェックから
ストレスチェック制度は、2017年に労働安全衛生法により企業に義務付けされた「こころの健康診断」です。実施プログラムは事業所で実施するもので、厚生労働省のサイトからダウンロードすることができます。
個人でストレスチェックを行いたい場合は、セルフチェックが利用できます。自分のストレスレベルを把握したい人は体験してみるといいでしょう。
厚生労働省「ストレスチェック実施プログラムダウンロードサイト」
ストレスコーピングの種類
コーピングは、そのアプローチ方法で「問題焦点型」「情動焦点型」「気分転換型」の3種類に分けられます。またその対処法でさらに細分化されています。
ストレッサーへの直接的アプローチにより変化できる場合は問題焦点型が適当で、ストレッサーにアプローチしても変化が望めない場合は情動焦点型が適当であるといえます。
気分転換型コーピングはほかの方法と並行して行うこともできるので、いろいろ試してもストレスの軽減が望めなかった場合でも、一時的に心身のダメージを外部に逃がすことができます。
問題焦点型
ストレッサーそのものに働きかけて、それ自体を変化させることで解決を図ろうとすることを問題焦点型コーピングといいます。対人関係がストレッサーである場合、相手の人へ直接働きかけることにより問題を解決するという考え方です。
問題焦点型コーピング
ストレスの原因となっている事柄を根本から解決して、ストレスそのものをなくしてしまおうという対処法です。対人関係で例えると、いじめの加害者に働きかけて問題を解決に向かわせるという方法です。
得られる効果は大きいですが、ストレッサーは大概自分よりも強い立場である場合が多いため、使用できる場面はあまり多くはないと思われます。
社会的支援模索型コーピング
ストレスの原因となる出来事に直面した際、周囲の人に相談したり助言を得たりすることで問題を解決しようとする対処法です。悩みや不安を一人で抱え込まず、共有することによってストレスの分散を図ります。
情動焦点型
ストレッサーそのものに働きかけるのではなく、それに対する考え方や感じ方を変えようとすることを、情動焦点型コーピングといいます。対人関係がストレッサーである場合、それに対する自分の考え方や感じ方を変えていくという考え方です。
情動焦点型コーピング
環境そのものを変えるのではなく、環境に向き合う自分の発想を変えるという対応方法です。物事には二面性があり、良い面と悪い面を兼ね備えています。
自分にとって不快な出来事も、誰かにとっては重要であるという状況はしばしばあります。悪い面だけに着目するのではなく、ストレッサーの良い面に注目し、その価値について考えるという方法です。
認知的再評価型コーピング
情動焦点型と似ている部分もありますが、認知的再評価型コーピングはストレッサーに対する見方そのものをポジティブなものに変換させてストレスを軽減する手法です。
ストレス解消型
自分の好きなことを生活に取り入れたり、身体をリラックスさせたりすることでストレスの軽減を図るもので、一般的に良く知られた方法です。
根本の解決にはつながらないため、あくまでも一時的に過ぎませんが、普段から自分にあったストレス解消法を見つけておくのは有効です。
気晴らし型コーピング
ショッピングや美味しい食事、音楽鑑賞など、自分の趣味や嗜好を満たすものを取り入れることで気分転換を図ってストレスを解消する手法で、一般的には最も行われている方法です。
リラクゼーション型コーピング
リラクゼーションとは身体や心を休めることで、緊張の対義語になります。マッサージや体操などを行うことで副交感神経の働きを高め、心身の状態を緩和させて感情を穏やかにするという効果があります。
リラクゼーションを日常生活に取り入れることで、ストレス耐性が高まるという効果もあるようです。
ストレスコーピングの効果を高める方法
ストレスコーピングは、自身の認知の癖(認知のゆがみ)を理解することでさらに効果が高まります。その具体的な実践方法として、東邦大学医学部の坪井医師が紹介する「コラム法」をご紹介します。これは認知行動療法を用いてものの考え方や受け止め方に働きかけるもので、短時間でできる精神療法です。
コラム法(5つのコラム)
状況 | 不快な感情 | 自動思考 | 合理的思考 | 結果 |
不快な感情を伴う出来事 ※できるだけ具体的に | 不安、悲しみ、落胆、怒りなど (強さ:0~100%) ※一言で表せることが多い | その時に浮かんだ考え方やイメージ (確信度の強さ:0~100%) | 合理的思考に変わる考え方 ※考えが誤っていた、ではなく、考え方の幅を広げる練習 | 1.自動思考に対する確信度 (確信度の強さ:0~100%) 2.感情の強さ (強さ:0~100%) |
昨日の夕方職場で、仕事で分からないことがあった。誰かに聞こうと思い先輩に話しかけたが、怪訝な顔で「後にしてくれ」といわれてしまった。 | 落ち込み(70%) 不安(60%) 焦り(50%) | この先仕事をしていけるのだろうか(80%) 自分は仕事ができない人間だ(70%) | 分からないまま仕事を進める方が問題だ。 先輩は他の仕事で忙しかっただけかもしれない。 | 落ち込み(40%) 不安(30%) 焦り(10%) |
参照:坪井康次「ストレスコーピング 自分でできるセルフマネジメント」
まずは自分にとって不快な感情を伴う出来事を可視化して、そのときにわき上がった感情を数値化します。そして不快に感じたときに感じたことを少し丁寧に見返す作業を行ってみます。それを裏付ける事実にはどのようなものがあるか、逆の事実はないだろうか、そのような思考を経て4つ目のコラムに取りかかります。
表の例からいえば、「自分は先輩に嫌われているのだろうか」という思いがあったかもしれません。しかし、冷静に考えてみると「そのとき先輩は忙しくてつい冷たい対応をしてしまった」という可能性も考えられます。
今までの硬直した考え方から柔軟な考え方を見つけ出すようにして、どのように気持ちが変化したかを5つ目のコラムに書き込んでみます。そう考えることで、最初に感じた不快な感情が軽減したかどうかをさらに数値化して見比べてみると、落ち込んだ気持ちや不安などの感情が軽減されていることが見てとれます。
このように、書き出すことによって客観的に考えることができるので、対処法が幅広く見つけやすくなるというメリットがあります。
ストレスコーピングを実践する際のポイント
ストレス社会の現代で、ストレスコーピングは有効な方法として注目されています。さらに高い効果を得るために、ストレスコーピングを実行する際のポイントを紹介します。
状況を客観的に把握するために相談する
強いストレス状態にあるときは、心身のバランスが崩れてしまい、正常な思考や判断ができない場合があります。そのため、前述したコラム法を実践しようとしても、頭の中が混乱してしまって整理できないこともあるかもしれません。
ストレスコーピングを実践する前に、家族や友人、カウンセラーなどの専門職に、現在自分が置かれている状況を相談するとよいでしょう。第三者の客観的な意見を参考にすることで、冷静に自分の抱えている問題に向き合うことに繋がります。
前向きに解決したいという気持ちで取り組む
ただ漠然とストレスを何とかしたいと思っていても、なかなか解決には至らない場合があります。ストレスコーピングを実践する際には、「自分でこの問題を解決したい」という強い意志が必要です。そして、素直にストレスと向き合って対策を講じることが効果を左右することに繋がります。
自分らしく働くためにストレスコーピングを活用しよう
初めに介護職を志したときの気持ちを思い出すことはできますか?最初は高い理想を持ち、人の役に立ちたいと願って仕事を始めた方がほとんどでしょう。
しかし、長く勤めるに伴って現実と理想のギャップに苦しんだり、思うような介護ができずにいら立ちを感じたりすることも多くあるのではないでしょうか。そのような強いストレスを抱えたまま仕事を続けていると、心身のバランスが崩れて体を壊してしまう可能性もあります。
今回紹介したコラム法を繰り返し実践していると、自分の思考の傾向やクセがつかめるようになります。偏りの少ない考え方をするように気を付けていくことが、問題解決への近道かもしれません。
自分らしく、思ったような介護を実践できるようになるためにも、ストレスコーピングを活用していきいきと働けるようにしましょう。