認知症ケア「ユマニチュード®」で介護拒否が低減するって本当?

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認知症ケア「ユマニチュード®」で介護拒否が低減するって本当?

みなさんは「ユマニチュード」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。認知症の方への対応として注目を集めている介護技法ですので、既にご存じの方も多いかもしれません。ユマニチュードは、特別な治療を行うわけではなく、わずかな時間でも驚くほどの効果をもたらすことから「魔法のようだ」と言われることもあります。

今回は、認知症ケアで悩んでいる方の助けになる技法として高い評価を得ているユマニチュードについてご紹介します。

ユマニチュードとは

ユマニチュード(Humanitude)とは、フランス語で「人間らしさ」を意味する言葉です。「人とは何か」「ケアをする人とは何か」という哲学と、言語・非言語コミュニケーションの技法を軸に、実践的な身体介助テクニックから成り立つケアの技法となります。

1979年にフランスの体育学教師だったイヴ・ジネスト氏とロゼット・マレスコッティ氏のふたりが提唱したことが始まりで、日本では2012年に国立病院機構東京医療センターで初めて導入され、現在ではさまざまな国の医療・介護現場で導入されています。

認知症を患い、大声で叫んだり、暴力的になったりするBPSD(認知症の行動・心理状態)が現れる高齢者の方に対し、投薬や特別な治療を行わなくても、ユマニチュードを習得した人がケアを行うと、とても穏やかになるなどBPSDが軽減されることから、その変化は「魔法のよう」と紹介されることがあります。

ユマニチュードが目指すもの

この技法のポイントとなるのが、ケアの対象となる高齢者の「人間らしさ」を尊重し続けるという点です。方法としては、「見る」「話す」「触れる」「立つ」という人間らしい行動に対し、ケアを通じてコミットしていきます。そうして、言葉によるコミュニケーションの難しい高齢者と信頼関係を築き、心身や認知機能が低下した方に人間らしさと尊厳を思い出してもらい『第三の誕生』を支援していくのです。

心身の回復を目指す

たとえば歩行が困難で寝て過ごす時間が長い方の場合、そのままであれば、筋力の低下や関節可動域の縮小など身体の状態は悪くなってしまいます。そこで、少しでも立位を保つことができるのであれば、歯磨きや清拭は立った状態で行ってもらうなど、可能な範囲で回復を目指した生活となるような支援します。

機能を維持する

少しでも身体の機能を保つことができるように、途中で車いすが必要になるとしても『歩けるところまでは歩いてもらう』など、日々の生活で行います。

最後まで寄り添う

健康の回復や心身の機能を保つことが難しくなった場合には、残っている力を奪わないように気をつけながら、できるだけ穏やかに過ごしてもらえるように寄り添います。

ユマニチュードの効果

ユマニチュードの技法は日本の病院や介護施設でも取り入れられ、その効果に注目が集まってきています。『福岡県久留米市の聖マリア病院では、集中治療室の全看護師が技法を学ぶと、患者を身体拘束する割合は半減し、せん妄の発生率は5分の1に下がった』、『福岡市で導入3カ月後の変化を調査した結果、介護への抵抗など認知症に伴う行動・心理症状の発生頻度が減り、家族の介護負担感の軽減に有効と確認された』といった内容の報告があります。

ユマニチュード の 4 つの柱

認知症高齢者の方が介護を拒否してしまう理由のひとつに、認知機能の低下から介護の意図が理解しづらくなることがあげられます。ユマニチュードでは、「見る」「話す」「触れる」「立つ」4つの柱を中心に150ものケアの技法訓練を行い、『相手に届く話し方や触れ方』を身につけたケアを行います。このケアの技術を活用することで相手に「あなたは私にとって大切な存在です」ということが伝わり、認知症の人と良い関係を築きやすくなるのです。

第 1 の柱「見る」

水平に目を合わせて、正面から、顔を近づけて、見つめる時間を長くとることを重要視しています。それぞれに相手へ伝わるメッセージがあり、水平な高さは「平等」、正面の位置は「正直・信頼」、近い距離は「優しさ・親密さ」、時間の長さは「友情・愛情」といった意味があります。

第 2 の柱「話す」

前向きな言葉で、優しく、穏やかに、歌うように話しかけます。「オート(自己)フィードバック」という技法を使い、反応のない場合でも、行っているケアの内容を伝え続けます。

第 3 の柱「触れる」

手のひら全体の広い面積で優しくなでるように触れます。介助する際には力づくにならないように、移動であれば10歳、身体を動かすのであれば5歳の子ども以上の力を使わないようにイメージします。また、手足を掴む、手や顔・唇などの敏感な部位にいきなり触れないようにも注意します。

第 4 の柱「立つ」

「立つ」ということは、骨粗鬆症や筋力低下の予防につながり、血液循環の改善、肺の容量を増やすといったメリットがあります。高齢者は3日~3週間ほどで寝たきりになってしまう場合があるので、さまざまな場面で数十秒程度の立つことや歩くことを組み合わせ、1日に20分ほどの機会をもつ必要があります。

ユマニチュード実践のための5つのステップ

ユマニチュードで行うケアには、認知症の方と介助者との間に絆を作るという大きな目的があります。ケアを実践するにあたり、いきなりケアを始めるということはなく、大きく分けて『5つのステップ』を踏みながら行っていきます。

1.出会いの準備(来訪を伝える)

高齢者が寝ていることや認知機能が十分に働いていない可能性があるので、介護者が来たことを相手に伝えて覚醒を高めます。たとえば、高齢者の居室に入るときであれば、「3回のノック」と「3秒待つ」を2度くり返し、最後にもう一度1回ノックをして居室へ入ります。個室でないのであれば、カーテンや仕切り越しに声をかけます。

2.ケアの準備(関係性を築く)

ケアの準備は相手との良好な関係を作るための時間です。ユマニチュードの4つの柱で紹介した「見る」「話す」を意識しながら、目的とするケアについて、いきなり伝えずに「あなたに会いに来た」と理解してもらう必要があります。介護者がケアを優先すると、そこで気分を悪くして拒否してしまう高齢者もいるので注意が必要です。

ストレートな表現は避けながら、これからするケアについて伝え同意を得ましょう。誘う際には3分以上の時間をかけないことも大切です。これ以上の時間をかけても本人の意思が変わることは少ないので、無理はせずにあきらめることも必要です。短い時間で良好な関係を作ることが、次回以降によりよい反応を引き出すことにつながっていきます。

3.知覚の連結(心地よいケアの実施)

実際にケアをする際には、上記で紹介したユマニチュードの4つの柱である「見る」「話す」「触れる」を2つ以上同時に行います。

たとえば、優しい言葉をかけながら、そっと手に触れて歩行を介助するといったことが大切になります。逆に、優しい言葉かけをしていても、利用者さんの腕を強く掴むような介助をすると「あなたを大切に思っている」というメッセージが伝えられないので気をつけてください。

4.感情の固定(ポジティブな感情を記憶に残す)

気持ちよくケアができたことを記憶に残せるように、ケアがよかったという喜びの気持ちを伝えましょう。長い時間をかけて行う必要はなく、1分程度でもよいので「気持ちよかったですね」や「さっぱりしましたね」などのポジティブな言葉を「見る」「話す」「触れる」を行いながら伝えましょう。

5.再会の約束(次回のケアを容易にするための準備)

ケアが終わった後には、(4)でお伝えした感情の固定と、「また来ますね」「次に会うときを楽しみにしています」などの言葉を伝えて再開の約束をします。利用者さんの記憶に残らないとしても、ポジティブなよい印象をどこかに残すことで次回以降のケアにつながっていきます。

まとめ

ユマニチュードはさまざまな効果が期待できることから、「ユマニチュードがなぜ有効なのか」について、京都大学・九州大学・静岡大学・奈良先端科学技術大学の研究グループが東京医療センター、日本ユマニチュード学会とともに国立研究開発法人・科学技術振興機構のプロジェクトとしてケアの科学的な分析・研究を進めています。

ユマニチュードの技術(上記でも紹介した5つのステップのケアなど)を実践することで、介護者がもっていても伝わりにくい「優しい気持ち」を分かりやすく相手に伝えることができます。医療や介護の現場では、感覚ではなく明文化された技術をケアに落とし込むことで、認知症の方の介護拒否や認知症の行動心理症状(BPSD)が低減し、看護師や介護スタッフの負荷が軽減されることを実感しています。忙しい中であっても、実践して得られるメリットは大きいと言えるでしょう。

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