パワハラとは職場での地位や立場の優位性を利用して、業務としての適正範囲を超えた精神的・身体的苦痛を与えることです。近年、職場でのパワハラは大きな問題となっており、令和元年度に厚生労働省の総合労働相談件数の内訳をみても、「いじめ・いやがらせ」に関する相談が87,570件と最も多くなっています。
これは、介護現場においても例外ではありません。上司や先輩からのパワハラを受けているにもかかわらず、「私が我慢すればいい」「人手不足だからやめられない」と悩みながら働き続けている方も多いと思います。
そこで、本記事では、パワハラの定義や介護現場でよくあるパワハラの事例と対処法について解説します。我慢し続けるのではなく、今の状況を抜け出すための対処法をぜひ実践してみてください。
目次
パワハラの定義
パワハラとは職場内での優位性を利用して、業務の適正範囲を超えた叱責などを行うことですが、法律で具体的に明記されているわけではありません。
しかし、厚生労働省では以下の3つの要素にいずれ満たすものをパワハラ(パワーハラスメント)としています。
具体的にどのような状況がパワハラに該当するのか客観的に判断するのが難しい場合があります。
そこで、以下の3つの定義のすべてを満たすものを職場内のパワハラに該当するものだと判断しています。
- 職場での地位的優位性を利用している
- 業務の適正範囲を超えている
- 相手に著しい精神的苦痛を与えたり、就業環境を悪くしたりする
厚生労働省(雇用環境・均等局)「パワーハラスメントの定義について」
これらを具体的に解釈すると、まずパワハラの加害者となるのは、職場で高い地位を持っており反論ができない上司や先輩社員だと考えられます。
次に、パワハラの内容を考えてみると、たとえば1人ではできない量の仕事を与える、叱責するときに土下座を強要したり継続的に暴言をかけたりする、などが該当するでしょう。
反対に、反論しやすい同僚が相手である場合や、適切な業務内で1回だけきつい言葉で叱責された場合などは、パワハラに該当しないと判断されることもあります。パワハラの内容はケースごとに異なるため、どの定義に該当するのかをしっかり考える必要があります。
パワーハラスメントに該当する6つの類型
パワハラの内容を具体的に分類すると、次の6つの種類に分けられます。
- 身体的暴力
- 精神的暴力
- 人間関係からの切り離し
- 過大な要求
- 過小な要求
- 個の侵害
殴ったり蹴ったりして傷つける身体的な攻撃や、暴言などによって傷つける精神的な攻撃はパワハラの典型的な内容です。必要以上の仕事を与える過大な要求だけでなく、なにも仕事を与えないといった過小な要求もパワハラに該当することも注目しておきましょう。
また、孤立するように仕向けたりプライベートな内容に必要以上に踏み込んだりすることも、パワハラに該当します。とくに、女性の場合はプライベートの侵害によってセクハラにも該当する可能性があります。
ただし、6つの分類に該当する行為があったとしても、前述した3つの定義に当てはまらなければパワハラには該当しないという点に注意が必要です。
介護現場の職員間(上司・先輩)におけるパワハラの事例
パワハラの一般的な内容がわかったところで、以下に実際に介護現場でどのようなパワハラが起きているのが具体的な事例を紹介します。
身体的な攻撃
身体的な攻撃には、殴ったり蹴ったりすること、ものを投げるなどして攻撃することが該当します。また、実際に身体への被害がなくても、壁を殴ったり顔や足元にものを投げたりして恐怖感を与えることも、身体的な攻撃に該当します。介助中に何かミスをしてしまった場合、突然物を投げられた、蹴られてといった声も聞かれます。
精神的な攻撃
介護現場では少しのミスが利用者さんの命に関わることがあります。そのため、ミスに対して叱責が強くなることもあるでしょう。しかし、ほかの職員や利用者さんの前で大声で怒鳴ったり、「やめてしまえ」などの暴言をかけたりする場合は、精神的苦痛を与えるためパワハラに該当します。
とくに、介護現場では「なんでこれくらいできないの?」といった技術やスピードを非難する暴言が出やすく、意図していなくても継続的に精神的な苦痛を与えている場合があります。
過大な要求
人手不足の介護現場では1人あたりの仕事量が増えてしまうことがありますが、誰か1人に仕事が集中してしまう状況はパワハラに該当する可能性があります。入浴介助などの負担の大きい業務を忙しい部下にすべて任せるなどの行為は、過大な要求に該当するでしょう。
一方で、リーダーなどの役職のある立場になると、通常の介護業務のほかに部下の取りまとめや書類作り、会議への出席など多様な仕事を求められます。どれだけ頑張っても業務時間内に終わらない仕事量を要求され、そういった状況が長期間続くといった場合は過大な要求となるでしょう。
過小な要求
効率の良い仕事が求められる現場では、ケアが丁寧過ぎる人や仕事のスピードが遅い人はあまり良く思われません。そのため、上司や先輩から「なにもしなくていいよ」「私がやるからどいて」と言われて、仕事を与えてもらえないといった状況もパワハラに該当します。本人に悪気はなかったとしても、仕事を与えてもらえなかったり、「仕事が遅いから邪魔しないで」などと言われたりする状況が続けば、精神的な苦痛となるでしょう。
人間関係からの切り離し
特定の人をほかの職員から孤立させるような行動を起こすのが、人間関係からの切り離しに該当するパワハラです。挨拶をしても無視をするなどの行為は分かりやすいですが、必要な申し送りをその人だけにしない、仕事を教えないなどもこのパワハラに該当します。
介護現場では利用者さんの情報を共有することがとくに重要です。申し送りなどを知らされないことからミスにつながり、何度も叱責されることで精神的に追いつめられる場合もあります。このように、単純なパワハラ行為がほかのパワハラにつながり、パワハラの連鎖から抜けられないこともあります。
個の侵害
仕事上関係のないプライベートな情報まで聞き出そうとすることなどが、個の侵害に当てはまります。たとえば、シフトや有給休暇の申請のときに理由の詳細を聞くことなども、パワハラに該当する場合があります。
また、休憩時間中に一緒になった上司や先輩からの必要以上のプライベートな質問も、このパワハラに該当することがあります。自分が話したくないと訴えているにもかかわらず、プライベートついて根掘り葉掘り聞かれる、といった状況が続く場合は、パワハラと考えてよいでしょう。
他にも、最近多いのが個人のSNSなどを常に上司にチェックされている、友達申請をしてくるといったケースです。このような場合も本人が不愉快に感じるようであれば「個の侵害」に該当します。
パワハラの被害者になった場合の対処法
パワハラを受けていると感じている場合、我慢を続けて働いていると、精神的な疾患を患ってしまう場合もあります。そのため、我慢することなく、早い段階でしっかりとした対処が必要です。
ここでは、パワハラの被害者になった場合の対処法を説明します。
まずは自分の身の安全と健康を最優先に考える
パワハラ被害に悩む場合、最も大切なのは自分を守ることです。たとえば、身体的・精神的な攻撃に悩まされている場合には、相手と距離をとることで攻撃から逃げられ、被害を受ける可能性を減らすことができます。
また、部署の移動を申し出ることも有効です。緊急性が高い場合などは休職という方法があります。
病院で診断書を作成してもらい、会社に相談してみましょう。
また、1人でパワハラの悩みを抱え込むと、自分を追いつめる原因になってしまいます。そこで、信頼できる友人にパワハラの内容を相談するなどして、1人で悩む時間を減らすようにしましょう。相談相手は同じ職場の人でもいいのですが、なるべく仕事とは関係のない人へ相談したほうが言葉を選ばずに済み、気兼ねなく相談しやすいでしょう。
パワハラの内容を記録する(証拠を集める)
精神的なパワハラは被害を立証するのが難しく、相談しても怒られるほうが悪いと反対に責められることがあります。さらに、パワハラ加害者との意見が食い違うと、立場の強い加害者の意見が尊重され、あなたが嘘をついていると言われてしまうこともあるでしょう。
そのため、パワハラの内容をきちんと記録し、自分が受けたパワハラの証拠を残しておくことが大切です。たとえば、パワハラが行われた日時や場所、内容を日記などに詳しく記載しておきましょう。また、音声データは言い逃れができない決定的な証拠になるため、スマートフォンなどで録音して残しておくのもおすすめです。
もし、身体的な攻撃によって被害を受けている場合は、ケガをした場所の写真や診断書などを残しておくのもいいでしょう。客観的な証拠を残しておくことでパワハラを立証しやすくなり、交渉などを有利に進めやすくなります。
上司や社内の相談窓口、人事担当者に相談する
ある程度証拠が集まったら、上司(上司からのパワハラの場合はさらに上の立場の人)へパワハラの相談をしましょう。パワハラの被害を重要視している職場であれば、すぐにでも対策を講じてパワハラからあなたを助けてくれるでしょう。
もし、相談する上司がいない場合やコンタクトが取りにくい場合は、社内のハラスメント対策専用の相談窓口や人事担当者に相談するのもおすすめです。
ただし、介護施設の場合は小さい組織でそういった窓口が設けられていない、パワハラをする上司が人事担当者や相談窓口の代表者になっていて、社内では相談できないといった場合もあるでしょう。
外部の専門家に相談する
社内で相談しても解決しない場合や、相談するのが怖い場合などは、外部の専門家に相談しましょう。労働基準監督署、総合労働相談センターなどの公的機関では無料相談を行っており、電話でも相談を受け付けています。
とくに、介護施設は介護報酬を国や自治体から受け取っているため、指導や監査の対象になる可能性があり、パワハラ相談が効果的に働く場合があります。
また、自分へのパワハラによって利用者さんやご家族に不利益が出ている場合には、各自治体の福祉課などへ相談するのもいいでしょう。パワハラの直接的な解決にはならなくても、別の方向から指導などが入り、結果的にパワハラの解消につながる場合がありますよ。
パワハラ以外のハラスメント
介護事業所でのハラスメント(ケアハラスメント)はパワハラだけでなく、セクハラなども問題になる場合があります。なかには、職員からではなく、介護サービスの利用者さんやご家族からのパワハラやセクハラに悩んでしまうケースも多く、大きな問題となっています。
とくに、高齢者からのハラスメントは本人の意思で行っているのか、認知症などの病気によるものなのか判断ができず、施設側ではうまく対処できない場合もあります。このようなハラスメントの被害にあった場合でも、ひとりで抱え込まずに信頼のおける上司や先輩、同僚などへ相談して、複数人でハラスメントの解消に臨みましょう。
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まとめ
介護現場でのパワハラは、個人の仕事内容や技術不足などをきっかけに起こる場合があり、上司が気づかずにパワハラをしているケースもあります。さらに、慢性的な人手不足によって1人の仕事量が多くなりやすいという環境が要因となって、パワハラが起きている場合もあります。
パワハラ被害にあっている方の中には「自分が悪い」と考え、我慢している方も多いでしょう。しかし、我慢すればするほど悪化してしまうケースも多く、改善されることはありません。何らかの行動を起こすのには勇気が必要ですが、ご自身の体と心を守るために、一歩踏み出してみてください。